小売企業が店舗、顧客データを活用し、広告配信に利用する新たなビジネスモデル「リテイルメディア」の動きが国内でも始まっている。先進的な米国ではすでにリテイルメディアが巨大市場となっているなか、国内市場の現状と今後の展望はいかなるものか。そして今後事業に取り組む小売企業が留意するべき点は何か。独自のリアル行動データプラットフォームを有し、小売企業とともに国内のリテイルメディアを最前線で推進するunerry(東京都)の内山英俊CEOに伺った。
日本のリテイルメディアは
従来の販促に止まったまま
--国内小売企業のリテイルメディアの動向をいかに見ていますか。
内山 すでに米国では、リテイルメディアの広告市場が全体で6兆円を超えるほど、大きな存在となっています。リテイルメディアが今後、日本でも拡大するのは自明だと考えています。
これまでは、メーカー側が行う販売プロモーションと、小売側の店頭プロモーションは、別々と言えるものでした。対してリテイルメディアは、販促施策、さらには販売データも統合して、小売とメーカーが共同で行う取り組みを指しています。
ただ、国内では現状、大きな課題があります。それは、小売企業の提供する購買データに基づいてメーカー側がデジタル広告を配信するような施策にとどまっていることです。これでは出稿主であるメーカーからすると、従来のプロモーション活動と大きく変わりません。
今後は、単一の施策ではなく、消費者向けの一連の施策を密接に連携させて、途切れることなくアプローチする「フルファネル・コミュニケーション」まで発展させる必要があります。
--米国では、テレビ広告を活用したアプローチなども進んでいるようですね。日本でリテイルメディアの取り組みがあまり発展していない要因はなんでしょうか。
内山 米国との比較では、米国は地上波などの通常のテレビに加えて、「Amazon Prime Video」「Netflix」などの人気も背景に、インターネット回線接続によって試聴する「コネクテッドTV」が普及しており、そのなかでパーソナル化された広告を流すことが主流になっています。そのため、テレビ広告までを含んだプロモーションに取り組みやすい状況にあります。
また、米国では、ウォルマート(Walmart)やアルバートソンズ(Albertsons)など、大きな市場シェアを占める小売企業が存在します。
これらに対して日本は、テレビは地上波が中心で、パーソナル化されたテレビ広告がまだ打ちづらい状況です。また、小売市場も地域ごとに強い企業が存在するなど、米国のように寡占化されていないので、小売企業が主導し一気にリテイルメディアを推進するには影響力が弱いといえます。ただし、米国と形は違えど、リテイルメディアは日本でも必ず広がってくる動きであることは間違いありません。
リテイルメディア連合体が
複数生まれる状況へ
――直近では、国内ではどのような動きが見られるのでしょうか。
内山 テレビ広告ではコネクテッドTVの「ABEMA」や「Tver」などの動画配信サービスがシェアを取り始めています。あと、実は地方テレビ局も力を入れつつあり、流通企業とタイアップした番組企画などを行っています。キー局だけでなく地方局の存在を合わせると、日本ならではのユニークなテレビ広告がつくれるのではないかと見ています。
国内小売市場は寡占化が進んでいないため、今後はおそらく複数の勢力が小売企業を束ねてリテイルメディア・ネットワークのような連合体を作っていくことが予測されます。広告代理店の代表例ではサイバーエージェント(東京都)さんなどが動いていますし、unerryもこれに力を入れています。
全国を網羅したネットワークをつくることが重要なため、各地の「地域いちばん店」と言われる小売チェーンや、テレビ局、コネクテットTV事業者との連携を推進しています。
――全国を網羅したネットワークと言えば、日本ではコンビニエンスストアが全国に店舗網を構築しています。
内山 そうですね。しかしながら、国内コンビニの大手3チェーンであっても、年間2600億円以上を稼ぐウォルマートと比較すれば、リテイルメディア事業はいずれの企業もこれからと言えます。
リテイルメディアはこれまでにない領域の事業であるため、先導する部署が決まりづらく、収益に寄与する保証もないため、大きな投資を判断するのは容易ではないと思います。
そんななか、ファミリーマート(東京都)さんが、事業会社を設立し、店舗へのデジタルサイネージの設置を一気に進めている点には勢いを感じます。
ただ、リテイルメディアは小売側の観点で言うと、先行優位性はさほどないと考えています。「セブン-イレブン」のようなトップチェーンが、市場の立ち上がりを見て、一気に市場を奪取する可能性も少なくないでしょう。
米国では離脱する
出稿企業も多い
――米国の先行例では、リテイルメディアは離脱する出稿企業が多いという課題もあるようです。なぜでしょうか。
内山 購買にダイレクトにつながるような体験価値が、ネット広告と比較してまだ弱い点が理由に挙げられます。たとえばECサイト「Amazon.co.jp」である商品を買おうとすると、その類似商品のスポンサード広告がすぐ出てきて、比較検討やついで買いを促します。一方で店舗では、プッシュ配信をする、デジタルサイネージで関連商品の映像を流すくらいしかできず、消費者に連続的なアプローチを図れないのが現状です。
――この辺りは技術革新が期待されますね。
内山 はい。手に取った商品をカメラで感知して、目の前にあるサイネージでその関連情報を流すなどの技術はすでにあり、ネット広告と近しいアプローチは可能になりつつあります。
ですが、単純にネット広告と同じ体験をめざすのではなく、店舗ならでは体験価値をめざすべきだと考えます。「せっかく店に来たからには1点ではなく何点か買いたい」という、消費者心理から生じる非計画購買をいかに取り込めるかがポイントです。
国内でも進んだ取り組みをしているのがトライアルホールディングス(福岡県)さんでしょう。スマートカートを使って、近くにあるキャンペーン中の商品をモニターに表示し、購入すればその場でポイントバックするというような、連続的なアプローチで非計画購買を促す仕組みをすでに構築されています。
手を組む事業会社は
1社じゃなくていい
――今後、小売企業がリテイルメディア事業を広げるには何が必要でしょうか。
内山 事業を展開するうえで重要になるのが、購買データと人流データです。この2つのデータしっかり揃えることが求められるのですが、これがままならない企業が非常に多いです。
こうしたなか、どこのデータ事業会社と手を組むかという選択に直面することになるのですが、必ずしも提携先は1社である必要はないと思っています。たとえ、すでに他のリテイルメディア・ネットワークに乗っているとしても、データの量、精度の高さ、テレビ局との連動性の高さなど、各事業者の特性によって、自社の施策ごとにデータを使い分けるような動きがあるほうが、国内のリテイルメディア全体の発展につながると考えています。
――自社の購買データの整理はどのように進めるべきでしょうか。
内山 とくに生鮮品を扱う食品スーパーは、購買データの管理が複雑で、一部大手を除いた多くの企業にとっては、ハードルが高いようです。このような特性もあって、リテイルメディアは、標準化されていてデータが揃いやすいドラックストアやコンビニなどから発展してきた歴史があります。
今後データを活用していくには、整備体制を社内で構築すること、そのための人材の獲得・育成が必要です。社内に人材がいなければ、unerryのような会社が代行もできるのですが、他社に購買データを預けるのはなかなか心理的ハードルが高く、二の足を踏む会社が多いです。
データは宝にもリスクにもなる
健全性を見極める目を
――自社の購買データをリテイルメディアに活用すると、どのような効果があるのでしょうか。成功事例があれば教えてください。
内山 たとえば、あるメーカーが商品プロモーションをしたいと思った際、購買データも連携することで、購買履歴からその商品を購入する可能性が高いショッパー群を探して、デジタル広告やキャンペーン情報を届けることが可能になります。
たとえばunerryがデジタル販促をサポートしている某企業で実験したところ、興味深いことに、かつてはその商品を買っていたのに、買わなくなってしまった人が、少なくない割合で戻ってくるという結果が得られています。
――今後、リテイルメディアに取り組む小売企業にメッセージはありますか。
内山 やはりお伝えしたいのはデータについてで、とくにその安全性に気を付けるべきということです。データ事業会社の選定1つをとっても、法的に、業界規制的に使っているデータソースは本当に大丈夫なのか、きちんと検証している事業会社は実はまだまだとても少ないです。
データの取得・活用は、社会的信用に直結するもので、一度損なった信頼を取り戻すのは容易ではありません。また、問題が発覚すると、多くの視線を集めるのは、消費者にとって身近な小売企業であることが常といえます。なので、健全性の高い企業をきちんと見極めて、手を組んでいくことが重要です。