アダストリアの中期経営計画がいまのアパレルの「お手本」である理由

河合 拓
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あえて懸念点として、3つリスクを挙げると…

このように、僭越ながら、アダストリアの戦略は力の入れ具合の濃淡の差はあれど、2016年にアパレル市場を追い抜いたHBC(ヘルス&ビューティケア)市場などの異業種への参入、縮小する国内市場での固定費削減と生産性向上、および、成長著しいアジア、北米への越境ECや本格参入など、私が繰り返し提唱してきた戦略を見事に4象限に描いている。さらに、同社は、欧州でスタンダードになりつつあるHIGG Index(アパレルの世界的な業界団体であるサステナブル・アパレル連合(SAC)が2012年に開発した環境・社会負荷の測定ツール)への参加など、SDGsへの取り組みも抜かりなしだ。私が、勝算を超えて「美しさ」まで感じるビジネスモデルであるというのは、こういうところにある。

しかし、重箱の隅をつつくようで恐縮だが、懸念点として3つのリスクをあえて挙げさせていただきたい。

リスク① 低い海外比率

成長しているとはいえアダストリアの海外事業への取り組みはファーストリテイリングほど加速させていない。海外比率もファーストリテイリングと比べ、低い。もう少しこの領域がハイライトされても良いのではないかと思う。というわけで、海外が売上を引っ張り上げる構造が描ければよいと思う。

リスク② マルチ・ブランド・プラットフォームのコンプレキシティー(複雑性)

次に、日本市場の「マルチ・ブランド、マルチ・カテゴリー」(左上の象限)である。10年前、拙著『ブランドで競争する技術』にて、「ファッション・ボラティリティ(不確実性)をくぐり抜けるためには、複数のブランドをちりばめ、全体として補完し合うようなポートフォリオバランスが必要だ。それは、①チャネルの分散化、②ブランドの分散化のいずれかで、世界企業にユニクロを加えたSPAは①、日本企業は②である」と説明し、その結果ブランドが日本に乱立し差異化が見えなくなっている事実を解説している。

ただし、商品ではなく、エリアやチャネルの分散化でリスクの平準化を図るべきであるとも説明している。なぜなら、縮小する市場においてマルチブランドを展開することは理にはかなっているものの、コンプレキシティー(複雑性)が高まり、企業オペレーションが中央値へ向かって動く「慣性モーメント」が働き、結局、多くのケースにおいてカニバリズムに陥るからだ。

そこで私は、あえて悪魔の提唱を行いたい。今の日本のファッションアパレル不況を生み出しているのは「ライフスタイル」という言葉ではないだろうか。我々は、根拠無く「ライフスタイル」という言葉を鵜呑みにし、安易にアパレル企業も「衣食住」という言葉を持ち出し、ビジネスに組み込もうとしているが、これこそ「風が吹けば桶屋が儲かる」論理に見える。なぜなら、「衣」は必欲品(なくても困らないもの)で、「食」には必欲品と必需品(ないと困るもの)が混在し、さらに、住は必需品(なくてはならないもの)で、購買プロセスも財布の紐の緩み方も全く違うからだ。

設問の設定が間違っているのではないだろうか。例えば、私なら「我々が本業としている服は女性にとっていかなる存在か?」というユニクロ式の設問からスタートする。そして例えば、「美しくありたい」という目的関数にたどり着いたとすれば、カルチャークラブ、スポーツクラブ、HBCなど、この目的に合致したブランド・多角化戦略をとるだろう。つまり本当に、我々がアダストリアに期待していることが「衣食住」なのか、ということをあえてもう1度問い直すということだ。

リスク③ 依然高い販管費率 世界企業と伍して戦うためには40%台を目指す

さらに、余計なお世話は続く。幾度も繰り返している「販管費」である。本気でグローバル企業を狙うのであれば、販管費率は40%台、企画原価率は40%前後(これは、ブランドポジションによってことなる)をめざしてほしい。するとプロパー消化率は70%以上となり、このコンプレキシティーと精度を両立させるためには、AIを活用したビッグデータアナリシスを販売だけでなく、調達まで結びつける産業エコシステムを作らねばならない、ということになる。

同社の中計には「販管費は3.4%の改善」*としか書かれていないが、もともと54%近くあったので、依然50%であり、これでは30%のユニクロには太刀打ちできない。うまく、今の人員で売上を上げ、相対的に販管費率を下げることができればと当社は考えているのだろうが、ならば、海外をもっとフィーチャーすべきではないかと思うのだが。
*アダストリアは営業利益率について、2022年2月期の3.3%から、8%へと4.7ポイントの上昇を目指している。内訳は、売上総利益率で+1.3ptの改善、販管費の抑制で+3.4ptの改善である

余談ながら、同社は家賃が極めて高い渋谷の一等地に本社を構えており、社屋には店舗のモデルが設置されている。世界的ブランドの権化と呼ばれるコンサルティング会社が日本橋に移転する時代にだ。同社は、おしゃれな人流や、そこで発生する購買を肌で感じることに並々ならぬこだわりをもっていると思われる。

すでに存在するデジタルSPA

私は最近、自動車産業界(フォルクスワーゲン社)などが、1万社以上の部品メーカとともに、「デジタルSPA」と全く同じモデルを使い、すでに稼働していることを知り驚いた。専門バカとしてお恥ずかしい限りだ。だが、極端にフラグメントされたアパレル産業が巨大企業と伍して戦うためには、やはり「デジタルSPA」しかないのは明らかなのに、もはや商社はこれをやる気を失い、唯我独尊、我田引水の道を選び、バリューチェーン全体の最適化など眼中無しだし、その発想もない。

そうなると、第三者機関、それも強い吸引力を持つリーダーシップが必用となり、これは、米国が80年代に産学民で成し遂げたDAMA PROJECT が参考になり、日本でもコンサル会社、日本政府、いくつかの商社が共同でサプライチェーン全体最適を目指していたのだが、結局、かけ声だけに終わってしまった。

団体戦が得意だったはずの日本が、個人戦に移行した今、アダストリアにその突破口を開いて頂きたいと心から思っている。

 

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おかげさまで「DXとD2CによるESG経営」研究会は、商社、アパレル、工場、AIスタートアップ様など、多くの方にご賛同いただき満席となりました。ご参加頂いた皆様には大変感謝とお礼を申し上げます。

 

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/index.html

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