「そごう・西武」のゆくえとファンド による企業買収のロジックとは

河合 拓
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5000億円規模の価値を、どこに見出しているのか?

セブン&アイ
(2021年 ロイター/Kim Kyung-Hoon )

さて、そごう・西武の話に戻す。各種報道によると、セブン&アイ・ホールディングスは、2005年のそごう・西武買収(当時の社名はミレニアムリテイリング)に使った金が約2000億円と同程度の金額で引受先を探しているという。

以前、私は企業買収を「現金製造機」に例えて解説した。1年間に1万円の現金を生み出す「現金製造機」があり、5年間は壊れずに使えるとしよう(その後は壊れるかもしれない)。つまり5年間で総額5万円が得られるわけだが、毎年得られる「1万円」を現在価値に割り引いた金額の総額が現金製造機の現在価値となる。このように現在の企業価値を算定するのが企業価値算定である。 

このそごう・西武は21年2月期業績で、売上高が4300億円で、当期純損失が▲172億円。営業利益が▲67億円で減価償却費が74億円だから簡易計算のEBITDAは+7億円となり、前年度のEBITDAが+87億円であることを考えれば、年平均衰退率を乗じれば事業価値はほぼゼロだ。また、そごう・西武は、21年2月期時点で3000億円規模の流動負債、固定負債合計を抱えている。したがって、買い手は、事業価値0+売却2,000億円+そごう・西武の負債3000=5000億円規模の価値を百貨店事業以外の資産の中に見いださねば成立しないことになる。いま、成長戦略が見えず、次々と店舗閉鎖に追い込まれている百貨店のどこに5000億円の価値を見いだすのだろうか。

一時入札には外資ファンドが残り、5月に売却先を決定

昨年、米国大手投資銀行が、日本の不動産を狙った「日本ファンド」を次々と作ったことは記憶に新しい。このディールは20222月に一時入札が終わり、東洋経済オンラインの報道によれば残ったのは、ゴールドマン・サックスなど投資銀行や、投資ファンドなど4社。二次入札に進み、5月の株主総会で売却先が決まるようだ。

再建屋の私は、いつもこの段階で声がかかる。「この会社はどうすれば再建できるのか?」「この会社の強みはなにか?」「いくら儲かるのか?」などだ。

しかし、こうした依頼が、私を含めた再建屋にこないこともある。それは、そもそも事業再生を目的とせず、荒療治で儲ける手法をとる場合だ。

日本のアパレルは、欧米の竹を割ったような綺麗で単純なロジックを理解していない。彼らは「赤字事業はやめろ」「この事業が儲かっているからこれに集中しろ」「金は、赤字会社を売った金で補填しろ」という、中学生でもわかる論理で攻めてくる。これに対して日本の旧態依然とした会社ができる一般的な反応とすれば、「ドラスティックすぎる。我が社の文化に合わない」だ。しかし、合うも合わないも金が尽きて破綻するのだから仕方ない。金が山のようにあって、非上場オーナー企業なら、煮るなり焼くなり好きにすればよいが、そうでないから投資銀行やファンドに売却されるのだ。

私は数多くの投資銀行やファンドの人達と関わってきたが、彼らとて他人から預かったお金を運用して運用益を出さねばならない。人様の金をいい加減な投資に使うわけにはいかない。だから、彼らは「確実に儲かるものにしか投資はしない」。レナウンが破綻したとき、引受先が一社も表れなかったのが良い例だ。無価値なものには手を出さないのが投資銀行、投資ファンドである。
それでは、そごう・西武が持つ5000億円の価値とは何か。それは、日本の一等地にある不動産価値だろうと私は思っている。今、日本の特に都心部は不動産バブルになっており、高価なタワマンの最上階を外国人がどんどん買っている。日本の一等地にある不動産は、百貨店事業をやめれば、もっと儲かる事業が山のようにあると考えているようだ。つまり、百貨店店事業から撤退し、都内一等地にある不動産をさらに儲かる業態にするということである。しかし、投資銀行、ファンドの売却価格は取得価格の5倍から10倍と言われており、5000億円で買えば2兆〜5兆円で売却せねば真尺に合わない。ましてや、百貨店事業から他業態へ変化するための投資原資や(ないことを祈るが、リストラ費用など)も必要となり、この場合、様々な方法で買い取り価格を圧縮する方法を、ステークホルダーと握っている可能性があるように思う。少なくとも、このような場面を数多くみてきた私には、綺麗なディールにはならないだろうと思うし、ソフトバンクグループがアームのエヌビディアへの売却を諦め、自社グループでのIPOを目指すようにディールブレーク(M&Aが流れる)する可能性もある。

それが、金融の論理というものである。

2022年、借金と在庫まみれになった日本のアパレル産業は、「資本主義の論理」を目の当たりにすることになるだろう。私は、こうした恐怖を煽っているのではない。むしろ、可能な限り私にできることをやり、事業価値を上げる(敵対的買収を避けるためには事業価値を上げることだ)お手伝いをしたいと思っている。今、アパレル企業の経営層、管理職に必要なことは、世界の潮流を正しく掴み、M&A、オフショア、DX3つを、自らがゼロから学ぶことだ。

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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