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呉越同舟かそれとも… ヤマダが”仮想敵”アマゾンと組んで「Fire TV搭載テレビ」を売る深謀とは

2022年2月17日、ヤマダホールディングス(以下、ヤマダHD)とアマゾンジャパンは「Amazon Fire TV搭載スマートテレビ協業」を発表しました。詳細はすでにご存知と思いますが、日本ではじめてAmazon Fire TVを搭載したテレビを、①全国のヤマダHDグループ店舗、②ヤマダウェブコム、③Amazon.co.jp上の「ヤマダデンキ」で販売することになります。https://www.yamada-holdings.jp/ir/press/2022/220217_1.pdf

2月のニュースの中で一番筆者が考えさせられた出来事ですので、今回は、この件について考えてみたいと思います。ぜひお付き合いください。

「Amazon Fire TV搭載スマートテレビ協業」は、アマゾン(販売者はヤマダデンキ)、ヤマダHDグループ店舗、ヤマダウェブコムで販売する

アマゾンは仮想敵ではなかったのか

まず筆者が感心したのは、ヤマダHDの柔軟性です。家電販売の「仮想敵」とも言えるアマゾンの製品であっても是々非々で判断し、アマゾンの懐に入って取り扱ってしまう自由さには感嘆しました。

ヤマダHDといえば、2010年以降、EC、住宅建設、インテリア、金融、リサイクルなどの周辺事業に展開し、それらが2018年以降の「暮らしまるごと」戦略に集約されています。この動きは、ヤマダHDが自社を「消費者が抱える住宅周りに関する課題解決の場」であると再定義し、リアル店舗において実物在庫、対面販売、および設置・施工の提供までのフルサービスを提供することで、台頭するECに対抗する戦略だと理解していました。

ここでヤマダHDが念頭に置いている最大のライバルは他でもなくアマゾンだと筆者は考えていました。ですので、今回の協業はヤマダHDが仮想敵と組むという印象的な出来事です。

ヤマダHD、3つの思惑とは

では、ヤマダHDの狙いは何でしょうか。

筆者は、家電量販の主力カテゴリーであるテレビの現在の商品性、および家電全般の将来像に関する冷静な判断が背景にあると考えています。

具体的には、第一に、テレビは“黒物”家電で、家庭での設置が比較的に容易であるため、EC事業者との競合度が白物家電と比べて相対的に高いこと。量販店との競合だけであれば物理的な規模がものを言いましたが、ECサイトが力をつけた今日、できれば他の量販店やECサイトにはない独自商品を販売したいと考えたはずです。

第二に、テレビなどのディスプレーで視聴されるコンテンツの重心がネットコンテンツへ移行していること。

筆者の場合になりますが、テレビの電源を入れている時間は随分少なくなりました。ニュースと気になるドラマ・映画を見るために、都度電源を入れることが習慣化しています。知りたい情報を探す場合はPCないしスマホでネット動画を探すことが増えています。映像コンテンツのサブスクリプションにも入っていますが、個人での視聴が多く、媒体はPCないしスマホが主です。テレビに電源をいれてサブスクリプションの映像コンテンツを見るのは皆で一緒に視聴したい場合に限られます。

こうなるとTVの劣化は進まず、買い替えサイクルが長期化します。そして買い換えるのであれば、大画面、高画質、高音質、ネットコンテンツとの親和性、録画媒体の使いやすさが重要になってきます。

ヤマダHDとしては、ネットコンテンツとの親和性の高いTVの品揃えとして、アマゾンプライムサービスにコミットして映像コンテンツにも力を注ぐアマゾンの商品を独占的に手掛けることに旨味があると判断したのだと思います。

ヤマダ、第三の思惑と内包するリスクとは

ヤマダ電機は新業態「家電住まいる館」を急増させ、「住」分野を強化している

第三に、家電のネットワーク化に対する足掛かり作り。ヤマダHDにとって「暮らしまるごと」戦略の基盤は家電にあると思います。ここで家電がスマート化し、ネットワーク化していくとするとどうなるでしょうか。

そのひとつのシナリオとして、スマホ/スマートスピーカー/スマートリモコンを起点としてさまざまな白物・黒物家電を操ることができる世界が考えられます。冷蔵庫の中身を踏まえたレシピ提案とオート・セミオートの補充発注、外出・帰宅・起床・就寝にあわせた簡便な室内環境の管理、あるいは価格動向をリアルタイムで踏まえた蓄電などを、スマートスピーカーに声をかけるだけで簡単に実現する、そのような世界がそろそろ実現しそうに思います。

こうした世界の実現性は、技術の問題というよりもプライバシーに対する消費者の考え方次第だと言えます。そしてプライバシーをある程度外部に晒すことになっても対価となる利便性を享受したいのであれば、プライバシーを託す先は実績のある企業になることでしょう。そうなるとアップル、グーグル、そしてアマゾン(あるいはメタ・プラットフォーム<旧フェイスブック>)、日本でいえば通信キャリアなどに一日の長があると思われます。

仮にアマゾンがアマゾンエコーとECを連動させることができる家電を本格的に投入するとすると、その主導権はアマゾンが握ることになり、対応する家電の販売チャネルもアマゾン経由、そしてその価格も低廉なリース形式(いわゆるサブスクリプション)になろうと思います。

この場合、「暮らしまるごと」家電の主導権はアマゾンに握られることになるのではないでしょうか。ゆえに、ヤマダHDとしては、いずれ訪れる家電ネットワーク化に対する対策として、ポテンシャルの高いアマゾンと接近し、ヤマダHDの販売力と総合力を誇示しておくことが大切だと判断していると推察します。アマゾンが家電量販店の他社と協業を進めることを牽制する意味もあるでしょう。

アマゾンの思惑と協業深化のゆくえ

(2022年 ロイター/Pascal Rossignol)

では、アマゾン側の思惑を考えてみましょう。

アマゾンは、ECの浸透を基本に考えており、アマゾンエコーがそのフックの役割を担うことになると思われます。しかしアマゾンにはリアル店舗がなく、他の主要なECサイトである楽天・ヤフーショッピングのような通信事業者との接点が薄いのが現状です。また、グローバルプラットフォーマーであるアップルは自社店舗網に加えて既に通信事業者・量販店との接点が強く、グーグルも通信事業者・量販店との接点を築いています。

したがって、アマゾンにとってヤマダHDの販売網は、設置・施工などのアフターサービス力を含め、大変魅力的な援軍に映っていると思います。

では、今後協業の深化はありうるのでしょうか。筆者は、今回の協業の成果次第ではその先は十分あると考えます。

まずアマゾン側から見れば、全国にわたるヤマダHD店舗をアマゾンのプライベートブランド(PB)のショールームおよび在庫スペースとして活用する可能を無視できません。

ヤマダHD側から見ると、競合が扱わない商品群が増えることによるメリットは大きいと思います。さらに資本提携に発展すれば(ディスシナジーの精査は必要ですが)事業上のメリットに加え、経営層の充実という積年の課題に対する手当てにつながるかもしれません。

本件は、ヤマダHD側が成果を出すほど、アマゾンに塩を送ることになり、最後にはアマゾンエコーに母家をとられる危険を内包しています。ヤマダHDの株価が高くない2022年3月2日終値ベースで1株当たり390円、2022年3月期コンセンサスベースPER6倍、PBR0.5倍ため、アマゾン側には現状の提携から買収に至るまで合理的な選択肢が幅広くありますので、両社が今後膝を突き合わせてさまざまなシミュレーションを進めることになっても違和感はない、というのが筆者の見解です。

プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師