ユニクロがデジタル人材に最大年収10億円を払う理由と時代遅れのKPIが余剰在庫を量産する事実

河合 拓
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やりたくてもできなかった顧客ベースKPIとデジマ解禁のトリガ

NicoElNino/istock
NicoElNino/istock

バブル時代、衣料品の主販路は百貨店であり、その顧客データは百貨店の資産であり、テナントであるアパレル企業はどうすることもできなかった。その後、ショッピングセンター、ファッションビルが増え、アパレル企業による「直営ビジネス」が広がった。さらにEC化が進み、リアル店舗で戦うアパレル企業もEC比率を高め、カタログ通販の「顧客管理手法」をより発展させたファネル分析や、失注分析、リスティングやレスポンスレートなど高度な分析が可能となった。
さらに、テクノロジーは進化し、リアル店舗でもAI設置カメラによる顧客の動態解析により、ほとんどECと変わらない、入店、失注、コンバージョンなどのデータが細かくとれるようになった。
それにより、百貨店もハウスカードを解禁し、セール前のテナントごとの売変の実質自由化も容認。そして、とうとう最近では、顧客データのデベロッパーへの開示の道を歩むようになってきた。ようやくB2B事業を繰り返してきたアパレル企業においても、ビッグデータと調達データを結びつける「Digital MD」の素地ができあがったわけだ。

こうして、「データベースマーケティング」の素地は整ってきたわけだが、アパレル企業が相当高度なことをやっているのかというとそうでもない。上記のように、B2Bアパレルにとって「汚れたデータ」がようやく溜まったレベルだし、正確なデータが溜まっているECは売上の20%程度(一部40%というテナントもあるが)だ。しかも、リアル店舗とECでは買い物をする客筋が異なっており、このファッションビルの場合、年齢が10歳も違っていた。したがって、まことしやかにいわれる「ECでテストマーケティングをやって、リアル店舗に生かす」などというのもしっかりとした検証が必要である。

「うちの会員は50万人」発言はその中身を疑え!

「うちの顧客会員基盤は50万人だ」と、豪語しているアパレル企業がある。だが、きちんとした顧客管理を行っていない企業は、データベースにいれられた総顧客の60%程度が「Dead(すでに他のブランドへ逃げた客)という場合も多く、そもそもその意味すら理解できていない企業もある。データベースマーケティングに不慣れなアパレルは、反応がなくなった顧客を「休眠顧客」、あるいは「停止顧客」などと都合の良いように解釈し、依然、顧客を自らのアセットと考えている。だが、「逃げた女房は帰ってこない」がごとく、一度離脱した顧客は、ほぼ戻ってこない。むしろ、新規未開拓市場から流入を増やす方がCPA効率は高い。これは、実際に自分のお買い物体験を考えてみればわかるが、好きだったブランドから何かの理由でブランドスイッチをした場合、元のブランドを買い始めることはまれだ

また、ウエブによるCPA効率も、リアル店舗があるエリアとそうでないエリアでは全く違ってくる。「実際にものを触ってみないと買えない」というのは古い考えで、いまはそんなことはないと言う人も多い。だが実態は、当日、お買い物をするかどうかは別にして、やはりリアル店舗で商品やブランドの世界観を体験することが購買に繋がっている。脳内に世界観が蓄積され、一息付ける夜9時ごろにウエブを使って女性のお買い物がスタートするのだ。こうしたことは、実際にデータをさわり、自分で仮説をたて、四苦八苦しなければ本質が見えてこない。今までのマーケティング分析となんら変わらないものなのだ。

ボタンを押せば、AIが目から鱗のマーケティング戦略を描いてくれるというのは真っ赤な嘘。システムは (いまのところ) 所詮ツールに過ぎないのである。2045年のシンギュラリティーの話などに異常に詳しい人にも会ったが、こういう人は、「今の技術限界」と「将来の技術の可能性」を混同して話している。この手の人に共通しているのは、自分で手を動かしていないということだ。

 

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