京都の人の家へ行き、しばらく時間が経ったところで「ぶぶ漬け(お茶漬け)どうですか?」と勧められたらいかに対応すべきか。正解は「そろそろお帰りください」の意味なので、「すぐにでも“おいとま”する」だ。では京都人に対し「お茶漬けを食べに行きませんか」と逆に誘ったらどうなるか。今回は、そんなことを考えた企画である。
数々のビッグネームも来店
京都の人は、思っていることを直接口にしないと言われる。テレビのバラエティ番組でも、京都人特有の言動が取り上げられる機会も多い。ドラマ仕立てで再現、「何を考えているか分かりにくい」「いじわる」と冗談ぽく紹介されているのを何度か見たことがある。
そんな京都人の言動を象徴的するエピソードのひとつに「ぶぶ漬け」がある。
家にお邪魔し、しばらく経って「ぶぶ漬けどうどす(どうですか)?」と聞かれたら、食べるべきか断るべきか。それは「そろそろお帰りください」を意味するので、すぐにお宅から失礼するのが礼儀であり、正しい。
さすがに現在、「ぶぶ漬け」を勧められることはまずない。それでも京都に住んでいると「ぶぶ漬け的」なやり取りは今も生きていると感じる。1000年以上も都があった土地なので、昔の人の奥ゆかしさも相まって、独自の文化が形成されたと想像できる。
さて今回は、お茶漬けの名店「丸太町十二段家」で食事をするという話である。
公式Webサイトによれば、創業は大正時代。京都府北部、丹後出身の主人は当初、菓子職の経験を生かして甘党の店を経営していた。やがて客の求めに応じ、出したお茶漬けが評判となり、看板料理になったようだ。
京都市上京区──。地下鉄烏丸線「丸太町」駅の4番出口から徒歩2分のところに店はある。途中の烏丸丸太町交差点で立ち止まり、北東の方向に見えるのが「京都御所」。明治維新まで、歴代天皇がお住まいになられていた場所だ。
交差点を西へ約80m進むと到着する。屋号が書かれた古い木製の看板が掲げられているが、外観は地味で周囲にある住宅などの風景に溶け込んでいる。
12時15分ごろだったため先客が数組あり、しばらく並ぶことになった。行列が徐々に短くなり、建物の中に入ったところでメニューが手渡される。お茶漬けは3種類があり、私は真ん中のグレードの「水菜」(2080円)を注文することに決めた。
待つ間、観察していると有名人も訪れていると知る。それもかなりのビッグネームが多いことに驚く。敬称略で恐縮だが、長嶋茂雄、アントニオ猪木、三國連太郎、衣笠祥雄、等々。サインのほか、写真も飾られている。中には、なんとヒゲを生やしたあの皇族の方も来店されているではないか。
そうこうしている間に、順番が回ってきた。私は期待に胸を膨らませ店内へ入った。
女性店員に聞き、食べ方の方針を決める
通されたのは、古い丸テーブルの周りに座布団が敷かれた席。店内は和風で、あちらこちらに民芸品と思われる置物や絵が飾られている。壁には掛け軸、落ち着いた雰囲気がよいな。
周囲を見回すと、家族連れ、カップルと思われるお客も少なくないが、総じて女性の比率が高い。どのテーブルも、静かに会話しているのが印象的である。
待つこと約15分。私の前に料理が置かれた。素材や料理の色に加えて食器にもこだわっているようで、華やかな感じがする。一気に食欲が増した。
運んできてくれた女性店員に食べ方を質問すると、「とくに決まりはありません」とのこと。いろいろと聞いた結果、最初はお茶をかけずに食べ進め、最後、お茶漬けで〆る方針で攻めることにした。
おひつに入っているごはんを茶碗によそったら準備が完了。まずは「出し巻き」である。箸で大きめに切り分け、そのまま口へ。最高だ。風味がしっかりと感じられ、かなりのおいしさ。これだけで、ごはん一杯は軽くいけそうだ。
はやる気持ちを抑えて次は「季節一品物」。揚げて甘辛く味付けした鱧(はも)のほか、おくら、にんじん、ミニトマトなどが、とろみのあるだしと和えてある。彩りは抜群、もちろんうまい。時々、赤だしで口を整え、もう一度、だし巻き。あれこれ食べている間にご飯が少なくなってきた。
いよいよメインディッシュの時間だ。
きゅうり、なす、ごぼうなどの漬物をご飯の上に丁寧に並べ、ゆっくりと急須でお茶を回しかける。そして、一気にさらさらと流し込む。漬物は、浅漬けであるのもうれしい。あぁ、幸せとはこういうことを言うのだろうな。
そうそう、肝心の、京都人をお茶漬けに誘ったらどうなるかの話である。たぶん声をかけられた京都人は、思わぬ攻撃に一瞬ひるむだろう。しかし、あなたとの関係が基本的に良好であれば受け入れられ、さらに食事を共にすれば関係が深まるはずだ。
ただし家に行った時、「ぶぶ漬けどうですか」と勧められた時に誘うと逆効果。相手は帰ってほしいと考えている時だからだ。そこは日をあらためる方がいいだろう。やはり何事もタイミングが重要だと思う。