京都・西陣に行列ができる人気洋食店がある。看板料理はハンバーグだが、一番こだわりがあるのは“ごはん”。最高の状態で提供するため、毎日、使う分だけを、自前の専用機で精米するほどの徹底ぶりだ。なぜ同店は、ごはんに力を入れるのか。理由を探るため、私は現地に向かった。
昼時には行列ができる人気店
西陣織の生産地として有名な西陣。地名は、応仁の乱で西軍が陣を敷いたことに由来する。その西陣の千本今出川交差点から北へ歩くこと数分、古い住宅街の一角に立地するのが洋食店「キッチンパパ」だ。
店は大通りになく、建物はやや古びている。それにもかかわらずランチタイムには行列ができる。
人気の秘密は、看板料理のハンバーグがおいしいから。メニューには「特製デミグラスソースの自家製ハンバーグ」「和風出汁おろしポン酢ハンバーグ」といった、ハンバーグが主役のメニューのほか、シチューやエビフライなどと組み合わせたセットも多く載っている。
だが同店が本当に食べてほしいと考えているのは“ごはん”である。洋食店でありながら、なぜ「主菜」のハンバーグではなく「主食」にこだわるのか。
それは洋食店を経営しているのが米穀店だからだ。創業は江戸時代末期の安政3年(1856年)で、今年で167年目を数える。
老舗米穀店が洋食店を始めた背景には、新たなビジネスを模索する意図があったと思われる。具体的には1995年、国内における米の流通が自由化、従来あった規制が緩和されるなど、米穀店を取り巻く経営環境は大きく変化した。今後、競争の波にさらされると予想、新分野の飲食業チャレンジしたのだろう。キッチンパパが営業を始めたのは1996年なので、米穀業界の動向と合致する。
固い話はさておき、私はキッチンパパへやってきた。店内に入ると、そこは普通の“お米屋さん”で、拍子抜けする。突き当たりのドアの向こう側が洋食店という、不思議な造りになっている。
先客が数組おり、私は壁際に置かれた椅子で待機する。メニューが手渡され、米穀店で店番をする女性に注文するというシステムである。
順番が回ってくる間、米穀店の店内を眺めていた。量り売りコーナーがあり、売場には「京都丹後産コシヒカリ」「滋賀県産きぬむすめ」「山形県産雪若丸」などが並んでいた。
そのうち「京都丹後産 ミルキークイーン」には「本日のお米」「洋食屋にてお召し上がりいただけます」とのPOPが添えてある。なるほど、今から私が洋食店食べる料理には、この米が使われているのだなと思った。
精米したてのごはんがおいしい
米穀店で待つこと15分、ようやくキッチンパパへ。店内はサラリーマンらしき男性のほか、年配の女性客はじめ一人客、さらに家族連れの姿など多様である。いずれも近所の方が中心のようだ。
しばらくして私の目の前に届けられた料理は、「セットハンバーグ&ミスジビフカツ」(税込2080円)──。どうです、抜群のルックスでしょう。これに“主役”のごはん、そしてサラダ、味噌汁が付いている。
まずミスジビフカツからいただきます。デミグラスソースをしっかりつけ、カツを箸で持ち上げ、食べる。おーっ、うまい、期待を裏切らない!すぐに、ごはんを口に投入。粘り気のある食感でとても味わい深い。さすがお米屋さんが炊くごはんである。
味噌汁を少し含みリフレッシュ。さらにカツを一切れ、ごはん、今度はサラダといったように全体が偏りなく減るように食べ進める。なお、ごはんのおかわりは無料で、存分に食べることができるのでご安心を。
ふと壁に視線を向けると、サインが飾ってあるのを発見した。食後、気になったので近づくと、女優の野際陽子さんだった。ほかにも原日出子さんなど、有名人が多く訪れていることを知る。
食事は最後までおいしくいただいた。もちろん精米したてのお米は大変おいしかった。
帰り、私は定食で食べたのと同じ「ミルキークイーン」を買った。よく考えると、米穀店と洋食店はとてもよい組み合わせだと感じる。実際に食べたものを安心して買うことができるからだ。
キッチンパパの場合、料理自体の魅力はもちろん、米穀店から完全に商売替えをしなかった点も成功のポイントと言える。つまり米の専門性が武器となり、洋食店が出すごはん、料理の信頼度を上げることに貢献している。また米穀店にとっても、洋食店が米を買ってもらえるきっかけになっている。
なお「ミルキークイーン」は、5分づきに精米してもらった。こういったきめの細やかなサービスを受けられるのも専門店ならではだな、と思いつつ私は店を後にした。