京都に開業50年超のロシア料理店がある。「レストランキエフ」──。店名は、ウクライナの首都にちなむ。ロシアによる軍事侵攻が今も続く中、ゼレンスキー大統領がG7広島に参加したニュースはまだ記憶に新しい。今回は、以前から気になっていた店に足を運んでみることにした。
実は創業者の子女はあの有名歌手
京都で屈指の人気エリア、祇園。その一角に店を構えるのが「レストランキエフ」だ。鴨川にかかる四条大橋にほど近く、歌舞伎で有名な「南座」から北へ数10m、やや年季を感じさせるビルの6階に店はある。
創業者は、故加藤幸四郎氏。戦前、旧満州国のハルビンでロシア語を学び、戦後に帰国、ロシア料理店「スンガリー」を東京で開く。ハルビン(現在の中国東北地区)はロシア文化の影響を多分に受けており、現地で慣れ親しんだ旧ソ連各地の料理を日本で提供したいと考えた。
1号店が成功を収め、2号店の場所に選んだのが出身地の京都。当初、スンガリー2号店とする計画だったが、1971年、京都市とキエフ市(日本政府は2022年、ウクライナの読み方の「キーウ」へ変更)が姉妹都市として提携したのを受け、翌72年に「レストランキエフ」の看板を掲げる。
実は創業者の子女は、歌手の加藤登紀子さんで、現在、兄の加藤幹雄さんがオーナーを務める。そんなこともあり、私は以前から、店を知っており、いつか行ってみたいと思っていた。昨年、ロシアがウクライナへ軍事侵攻した際、新聞社が取材した複数の記事も読んだ。しかしタイミングが訪れることなく、何となくこれまできた。
そんなある日の昼時、知人と歩いていたら店の看板が目に飛び込んできて、急きょ入る流れになった。何事も「その時」は、こんな感じでやって来るのかもしれない。
店に入ると、幸運にも見晴らしのよい窓際のテーブルに案内された。席からは鴨川、また南座も見える。
接客してくれたのは外国人の女性スタッフで、どことなく東欧風のお顔立ちである。聞けば、店にはウクライナやロシアをはじめ、世界各国出身の従業員、留学生が働いているのだという。なんかいい感じだな。
メニューを開く。そこには現在のウクライナやロシア、ジョージアなど様々な国の料理が載っている。コースも充実していたが、まずはビル前の立て看板にあったランチセットを注文する。
待つ間、ワクワクした。というのも本格的なロシアとかウクライナの料理を食べるのは初めてだったからだ。
今の世界情勢を思えば、複雑な気持ちもある。しかし店のWebサイトには創業者の「料理・文化に国境はありません」という言葉が紹介されていた。私は、雑念をすべて心の隅に追いやり、純粋に楽しむことにした。
何て豊かな食事なんだ!
しばらくして、私の目の前に置かれたのがボルシチ。メニューには「ウクライナ風スープ」とある。同じタイミングで、ピロシキもやってきた。
ボルシチは、「底にあるクリームをスプーンで混ぜてください」と言われたが、最初は何もせずそのままふくむ。トマトベースの、非常にあっさりした味わい。今度は混ぜると、まろやかながらやや酸味のある風味が口いっぱいに広がり、お、と思った。いわば「味変」である。
そしてピロシキ。頬張ると、想像していたのと全然違う。ふっくらとした生地の向こう側には、優しい味の具材が待っていた。
いずれも薄味で上品。京料理も薄味だが、素材のよさを生かしつつも、だしの旨味とは異なるアプローチに料理の奥深さを感じた。
これがロシア、というか旧ソ連各地で食べられていた料理なのか。よいではないか!
ビールも注文した。本来ならウクライナ産がベストなのだけど、取り扱いがないという。じゃあ、ということで私はメニューにある国産ブランドを指差した。すると東欧風のお姉さんが、そこだけしっかりとした日本語を使い「生中ですね」と言ったのは意外だった。
お次はジャガイモのサラダ、続いてメーンの「ゴルブィッツィ」(ウクライナ風ロールキャベツ)。これがまたウマイのですよ。多分、いろいろなチーズが絡みあっているのだろうが、深みのある濃厚なおいしさ。もう感激である。
最後は「チャイ」(紅茶)。何やら、かわいらしい器も運ばれてきたと思ったら、「お好みで入れてください」との説明。覗き込むと紅色の美しいゼリー状のものが見える。
実はこれ、「バラの花びらのジャム」だそうだ!
何て繊細で、豊かな食事なんだろうかと思った。その後、追加注文したデザートもいただいたが、すべておいしかった。
ちなみに私が食べたお昼のセットは1880円。これだけ手の込んだ料理でこの価格は正直、安いと思った。一度、行ってみる価値は十分にあると思う。
来る前の予想とはまったく違う、料理、味だった。大変、満足である。お勘定を済ませた私は、また平和が訪れることを強く祈り、店を後にした。