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シンボリルドルフが教えてくれた

 競馬クラッシック3大レースである皐月賞、日本ダービー(東京優駿)、菊花賞を勝利した馬を3冠馬と言う。

 

 日本で3賞が設けられて以降の70余年の中で3冠馬になったのは、セントライト(1941年)、シンザン(1964年)、ミスターシービー(1983年)、シンボリルドルフ(1984年)、ナリタブライアン(1994年)、ディープインパクト(2005年)の6頭しかいない。

 

 その昔から、皐月賞は最も「早熟な馬」、日本ダービーは最も「幸運な馬」、菊花賞は最も「強い馬」が勝つと言われてきた。

 上記6年以外の年は、3つの賞を独り占めした馬がいないわけだから、それぞれの賞を勝ちそうな馬の特徴を体系化して、明示した定説なのだろう。

 

 しかし考えてみると、「早熟」「幸運」「最強」という単語は、“普通の馬”を前提にした言い分である。

 

 飛び抜けて強い馬は、「早熟」「幸運」「最強」といった迷信的な言葉は、まったく関係なく、どんな条件でも勝ってしまうからだ。3冠馬の6頭とは、そんな馬たちである。

 

 6頭のなかで、デビュー以来1敗もすることなく、3冠馬になった競走馬が2頭だけいる。

 シンボリルドルフとディープインパクトである。

 

 その一角であるシンボリルドルフが10月4日に30歳で死んだ。

 人間の年齢にすれば100歳という大往生ではあるけれども、活躍を直に応援した者としては、やはり寂しい。

 

 日本での戦績は15戦13勝(海外1敗)――。

 鮮明に覚えているのは、負けレースである1985年の天皇賞(秋)だ。

 ハイペースで進んだレースは、シンボリルドルフがライバル馬を競り落とし、先頭に。

 「今日も勝った」と誰もが安心したゴール前で13番人気の伏兵ギャロップダイナの大外強襲の前に敗れてしまう。

 

 それまでの勝率91.7%(11勝、3着1回)、単賞オッズ1.4倍に500万円もの大枚をつぎ込んだ有名中華料理店のオーナーがいた。

 レース後に、オーナーは「こんなこともあるよね。シンボリルドルフが敗れるんだから競馬は分からんよなあ」とため息をつき、肩を落とした。

 

 競馬に“絶対”があること、“絶対”がないこと、を教えてくれたのがシンボリルドルフだった。合掌。