ファーストリテイリング(山口県)会長兼社長の柳井正さんの新規事業の立ち上げと撤退についての機敏さは出色だ。
家業の紳士服店を一大企業に育て上げた柳井さんは「失敗を恐れていては、企業は成長できない」という。
SPA(製造小売業)に挑戦するも不安定な品質に悩み、新業態「スポクロ」「ファミクロ」は1年で撤退。“フリース”のヒットで勇躍するも、その反動の業績急降下でマスコミや証券アナリストに叩かれた。
柳井さんは、新ビジネスを立ち上げたり、企業をM&A(合併・買収)することには非常に積極的だ。しかし、その一方で、簡単に成功するとは思っていない。「10回新しいことを始めれば9回は失敗する」(『一勝九敗』〈新潮社〉)と記しており、所詮、ビジネスは「一勝九敗」という諦観からスタートしている。
だから、うまくいかなければ、撤退して当然ということが常に頭の中にあるのだろう。
この考えがもっとも鮮明に表れたのは、02年9月に新設した事業子会社エフアール・フーズの撤退である。「SKIP」(スキップ)ブランドでネット販売と会員制販売をスタートさせ、松屋銀座(東京都)に1号店を開業、その後も店舗網を広げたものの事業は軌道に乗らず、わずか1年6ヶ月で撤退を決めている。
柳井さんには、次期成長に向けて、新規事業は立ち上げるけれども、ダメなら撤退して当然という確固たる意識がある。撤退をビジネスの一部に組み込んでいるようにさえ見える。
ところが、日本企業の場合は、そうした経営者をあまり多く見かけない。
その背景には、“恥の文化”があるのでは、とある有識者は指摘する。
現実問題として、企業のトップが方針を決め、多額の投資をした事業や店舗がうまくいかなかった場合、同じトップが自己否定をして、方針転換することは、“世間体”や“社内の立場”を考慮してしまうとなかなかしにくいものだ。
だが、自己否定することは、決して、恥ではない。
むしろ、決定をしないことで、企業と従業員が路頭に迷ってしまうことの方が恥なのではないだろうか。