「協調性がない」と子供のころ、親や先生に叱られた方は案外多いのではないだろうか?
当たり前のことで恐縮だが、協調性とは、性格や意見の異なった者同士が互いに譲り合って、調和を図る性質を意味する。
農耕民族で農村社会がベースにある日本では、とくに協調性は、重視されてきた。狩猟民族でスタンドプレーも評価される欧米とはずいぶん異なる風土だ。
ところがどうだろう。
日本で社会に出て、世の中を見まわしてみれば、有能とされ、注目されている人たちのほとんどは協調性に欠けているような気がする。
政治家しかり、経営者、大学教授、芸能人、スポーツ選手、小説家…。なんと我儘三昧の人たちが多いことか!
みなさんの周囲の人はいかがだろうか?
協調性は確かにいついかなる時も大事だ。
だが、こうした現実はいかに説明できるのだろうか?
そして、そう考えると、協調性重視の教育は、一部の突出したエリートを生み出すための“逆フィルター”のような気がしてならない。