アングル:日本型雇用の「ガラスの天井」にひび、出戻り管理職の活用そろり

ロイター
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東京丸の内のビジネス街
保守的とされる日本企業の間で、新たな雇用慣行が試されている。キャリアアップを図って退職した元社員の活用だ。写真は東京丸の内のビジネス街、6月撮影(2021年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

[東京 10日 ロイター] -保守的とされる日本企業の間で、新たな雇用慣行が試されている。キャリアアップを図って退職した元社員の活用だ。まだ一部とはいえ大企業製造業で管理職として登用される例も出てきている。多様性の尊重といった社会的な要請を、企業がいかに人材戦略に取り入れていくのか。全世界で3000兆円ともいわれるESG(環境・社会・企業統治)マネーも注目している。

日立製作所でデジタル技術を駆使してQOL(生活の質)向上を図るライフ事業統括本部。約1200人を擁する大部隊の4分の1を占めるデジタルフロント事業部で、副事業部長を務める水谷真希子氏(46)は、いったん日立を退職した経歴を持つ。外資系のコンサルタント企業などを経て復職した、数少ない出戻り管理職のひとりだ。

日立が水谷さんのような退職者に門戸を開き始めたのは2011年。リーマンショックで史上最大の赤字を計上したことをきっかけに、グローバル展開の加速を狙った当時の中西宏明社長が「男性中心で同質的」になりやすい旧来の階級制度を廃止。国籍や性別にとらわれず、能力や意欲に応じて人員を配置する方針を打ち出した。

それでも、出戻り組がまだ少なかった復職当初は、自ら退職した過去に負い目を感じ「いいところを見せなきゃ、というプレッシャーが自分の中にあった」という。今は「居心地が悪いなんてことは全然ない」と笑顔を見せるが、普段から「外を見てきたことを強味にして対応する相手は選んでいる」と、細やかな気遣いも忘れない。

出戻り活用、40代の壁

いったん退職した社員を再び雇う再雇用者数を直接示すデータはないが、総務省の労働力調査では、転職者数は2019年に過去最高の351万人に達した。20年は新型コロナの影響で10年ぶりに減少したものの、319万人と依然高水準を保ち、人材の流動化が着実に進んでいる姿を示す。

こうした流れを背景に、日本企業の間でも中途退職者に復職を促す仕組みづくりがここ数年増えている。終身雇用制度の下では「裏切り者」と遠ざけられてきたが、自社に一定の理解を持ちながら、社内で培いきれないキャリアを外部で磨いた元社員が、変革を進めたい企業にとって魅力的な人材へと変化してきたためだ。

だが、仕組みが変わっても、実態がすぐに変わる訳ではない。いざ戻るとなると、契約の際に評価基準となる階級を本来より少し引き下げるなど、生え抜き社員を優遇することは珍しくない。そうしないと「辞めてほしくない優秀な人材ほど、外部へ流出してしまうと恐れる経営陣が少なくない」(人材コンサルタント)からだという。

実際、大手企業の間で上級管理職に出戻り社員が登用されているのは、パナソニックが将来の基幹事業のひとつに据えるコネクティッドソリューションズ社で社長を務める樋口泰行氏(63)ら、ごく一部に過ぎない。

大手企業の人事担当者は「若手や中堅にそれほど抵抗感はないが、終身雇用制度下で会社と一蓮托生だった世代には、取締役会に出戻りがいるなど到底受け入れられない」と、現状を解説する。

人材戦略にも株主の目

一方で日本でも企業を取り巻く環境は年々、変化している。

米証券取引委員会(SEC)は昨年8月、「レギュレーションS—K」と呼ばれる事業内容の説明に関する情報開示規定を30年ぶりに改訂。開示項目のひとつに「人的資本の説明を含めること」を新たに盛り込んだ。

米国上場企業の細かな情報開示基準だったこともあり、日本で大きく話題として取り上げられることはなかった。しかし「コーポレートガバナンスや持続的な価値の創造といった観点で、日本でも大手機関投資家が強い関心を寄せている」(情報開示に詳しい専門家)という。

今回の改定によって、企業は採用や雇用について、ただ外国人や女性の数を増やすだけではない人材戦略を、株主に説明する責任を負うことになった。つまり人材が社会のS、統治のGといった項目に関連する開示事項へ「格上げ」されたことになる。

保守的な大手製造業に変化も

再雇用の促進に向けて、新たなビジネスも生まれている。「アルムナイ」と呼ばれる企業向けサービスだ。

オンライン上に退職者が集う専用サイトを設け、退職者同士が近況を報告したり、退社した会社とも対話することができる。これまで個人的なつながりしかなかった会社と元社員、元社員同士が関係を持ち続けられることになり、再雇用も含めた様々な連携が期待されている。

同サービスを提供するハッカズーク(東京都新宿区)の鈴木仁志社長によると、海外では離職率の高いコンサルやIT関連が利用することが多いものの、日本は製造業の多いことが特徴だという。

「DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進などを背景に、製造業の知識や経験を持つ人が、ITやコンサルなどサービス系の異業種に出ることが増えている。そうした優秀な人材とは退職後もつながりを持っておきたいと考える企業が多く、保守的と思われがちな大手製造業で取り組みが目立ってきている」。

みずほリサーチ&テクノロジーズが300社を対象に実施したアンケート調査では、約半数が中途退職者を対象とした制度や施策を設けていないと回答した。株主の目が光る中、年々増える退職者とどう向き合うかーー日本企業の取り組みはまだこれからだ。

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