[東京 16日 ロイター] – 野村証券の営業部隊が苦戦を強いられている。国内で「最強」とも言われる販売力を誇るが、新型コロナウイルスの影響で顧客と思うように対面での接点が持てず、現場の営業員からは戸惑いの声が漏れる。新たな営業スタイルの構築に向け、コロナ禍を追い風に変えられるかが課題となる。
ペン1本で1000万円
「俳優から急にラジオDJになったようなものだ。声だけで商品を売り込むのは本当に難しい」━━。ある男性営業員は、コロナ前後の状況変化をこう例える。
野村ホールディングス傘下の野村証券は、5月中旬までの約1カ月間、全支店での店頭業務を取りやめ、営業員が顧客と対面で接することを禁じた。現在は解除されているが、この男性が勤める支店では、対面を求める顧客の数は以前と比べて格段に減った。
「対面という武器がどれほど大きなものだったか、失って初めて分かった」と、この営業員は言う。
野村の営業部門は約7000人の担当者を抱える大所帯だ。同社は海外でたびたび「バンク」と呼ばれ、投資銀行のイメージを持たれることが多いが、営業部門はリーマン危機時でも黒字を確保するなど、伝統的に強みを持つ。過去5年間の平均で、営業部門は全税前利益のうち約4割を稼いだ。 こうした営業の強みは「とにかく汗をかいて足で稼ぐスタイル」(野村の元社員)が支えてきた側面がある。ただコロナ以降、対面営業が思うように進められず、現場はさまざまな課題に直面している。
ある女性営業員によると、ディズニーキャラクターの描かれたボールペンを使っていた際に、ディズニーファンだった顧客と話が弾み、最終的に約1000万円分の債券と投資信託の購入につながったとことがあるという。
この女性営業員は「対面だと仕事の話の前に雰囲気を作れるが、電話ではこうはいかない」と打ち明ける。
また、顧客に多額の損が発生する際に「電話1本で謝罪を済まさなければいけない罪悪感は精神的に相当辛い」と訴える営業員の声もあった。
対面は一部の顧客にとっても欠かせない手段だ。野村と10年弱の付き合いがあるという大阪府の会社経営、澤本頼夫さん(69)は対面による安心感を挙げる。
「営業の人に会わないと、われわれ投資の素人にはお金を突っ込む踏ん切りがつかない。電話だと警戒感も出るし、対面でないと大きな金額は取引しにくい」と語った。
対面か非対面か
オンライン証券の台頭も相まって、対面営業はコロナ以前から環境変化への対応を迫られていた。今年3月末には、SBIホールディングス傘下のSBI証券とSBIネオモバイル証券を合わせた口座数が、野村を抜いて国内最大となった。 S&Pグローバル・レーティング・ジャパンの主席アナリスト、館野千鶴氏は「コロナ問題で社会が急激に変わる中で、顧客の行動やニーズの変化をしっかりと把握することが、今後より必要になるだろう」と指摘する。
野村の営業部門は、4月の収益が1─3月の平均と比べて約2割減となり、5月も「大体4月と同じ程度」(奥田健太郎グループCEO)にとどまった。 ニッセイ基礎研究所の前山裕亮氏は「4月の投信販売動向を見ると、証券会社の営業部門が弱っているのがよく分かる。この流れが続くと、営業員の削減や給与カットが現実的に検討対象となり得る」と予想する。
岡山市で居酒屋を経営する山下倫弘さん(48)は、10年以上にわたって野村のオンライン口座で取引をしているが、対面の必要性については否定的だ。
「オンラインだと手数料がはるかに安いし、今はネットで何でも自分で調べることができる。誰が営業員を必要とするのか」と話した。