焦点:国産人工呼吸器増やしたい日本、現場は苦慮 マスクの二の舞回避

ロイター
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写真は製造した人工呼吸器のチェックをするメトランの従業員
5月21日、新型コロナウイルス感染者の爆発的急増が警戒された4月。安倍晋三首相首相は重症者を救う人工呼吸器1万5000台の確保を表明し、さらなる増産を国内メーカーに求めた。写真は製造した人工呼吸器のチェックをするメトランの従業員。埼玉県川口市で4月撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

[東京 21日 ロイター] – 新型コロナウイルス感染者の爆発的急増が警戒された4月。安倍晋三首相は重症者を救う人工呼吸器1万5000台の確保を表明し、さらなる増産を国内メーカーに求めた。だが、医療現場ではさほど必要としていないようだ。感染者数も4月半ば以降減少しており、生産現場からも増産に慎重な声が出始めている。

輸入依存から脱却

安倍首相は4月半ば、医療関連メーカーやトヨタ自動車などの異業種からもトップを官邸に集め、増産を要請。生産設備は国内で確保する必要性を痛感していると述べ、「売れ残っても国が備蓄用としてしっかりと買い上げる」と語った。

日本の人工呼吸器の大半が輸入品のため、患者急増に備え、厚生労働省と経済産業省が安定供給体制の整備に向け始動。緊急経済対策として、厚労省は呼吸器確保に265億円、経産省は治療薬候補「アビガン」も含めた生産設備投資の補助などに約88億円を確保した。

「パイロットもいないのに、戦闘機だけ増やすようなものだ」(集中治療医)。医療現場からは当初、増産されても操作できる人手がそもそも足りないなどの声が出ていた。呼吸器は病態に合わせ酸素吸入濃度などの適切な設定や各種数値を見ながらの細かな調整が不可欠で、管理も多くこなすため1台を数人で対応する。操作には長年の経験や技術、知識が必要で、すぐに養成もできないからだ。

厚労省幹部は、増産規模は「今はおそらく日本が必要としている以上の数で、人手も十分ではない」と認める。ただ、マスク同様、人命に関わる製品の多くを海外に頼っていたことが今回浮き彫りとなり、「輸入と国産とのバランスをとりたい」と語る。

経産省幹部は「まずは必要な医療現場に必要なものをお届けするという緊急対応だ」とし、「人工呼吸器が不足するような事態になることは許されることではない」と指摘。「人命最優先であり、緊急時においては国産を増やすという産業政策的な狙いを挟む余地はない」と話す。

過剰生産の懸念

政府が掲げる確保数には数百人のコロナ患者を含め使用中の約8300台と未使用の約4700台も含まれ、新たに生産するのはまず約2000台。あるメーカー幹部は、未使用品もあるのに「需要があるのか。在庫買い上げで税金の無駄にならないか」と懸念する。

医療機器メーカーの日本光電工業は自動車メーカーの支援のもと月産約30台だった製品を9月までに1000台、アコマ医科工業(東京・文京区)は自社開発製品をソニーが受託生産し、7月から量産を始めて9月に500台を目指す。

厚労省によると、人工呼吸器を使う重症者数は最多でも4月30日の累計328人。政府や自治体の対策、国民の感染防止意識の高まりなどが奏功し、5月に入ってからは減っており、20日時点では210人、死亡者は771人となっている。人工呼吸器について日本呼吸療法医学会は「現状から大幅に患者数が増えなければ、必要数は満たしているのではないか」と答えている。

都内病院勤務の内科医も「感染拡大の第2波が起きる可能性は十分あり、政府として準備しておく必要はある」とした上で、「国民もすでに感染防止意識を持って行動しており、4月に比べて患者急増のリスクは低くなっている。増産計画は少し軌道修正してもいいかもしれない」と話す。

支援メーカーも人工呼吸器本体の開発には慎重だ。日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ社長)は4月、「人の命に直結する」として工程改善など裏方に徹すると説明。ソニーも本体の開発までは「想定していない」(広報)。日産自動車は支援内容すらまだ「決まっていない」(同)。あるメーカー幹部は「呼吸器は市場が小さく製造責任リスクも高い」と躊躇する。米国政府は民間企業に物資の増産を命令できる法律を適用してメーカーに人工呼吸器を生産させているが、日本ではあくまで「要請」であり、「強制」できない。

部品調達にも課題

部品調達も容易ではない。日本光電は、海外から調達する部品の一部はまだ増産分すべてを確保できておらず、「今も交渉中」(広報)という。

三幸製作所(さいたま市)は年産約30台の人工呼吸器を300台まで増やす計画だったが、部材調達や大手の動きを考慮し、約50台にとどめた。「海外からの部品が入手しづらい」(遠藤昭和・営業企画次長)ためだ。中国から輸入している電子基盤が納期までに半年かかり、他社に同じ部品を生産してもらえても安全性試験が必要でコストや時間がかかるという。

新生児用の人工呼吸器製造で創業したメトラン(埼玉県川口市)は海外分も含む需要対応で動物用をヒト用に改修して増産するが、通常の80倍以上となる増産規模に部品メーカーが対応できないという問題を抱えていた。

こうした状況に、発注者と加工会社を結び付け必要な部品を短時間で手配するベンチャーのキャディ(東京・台東区)が協力。同社の加藤勇志郎社長は、引き合いのあった医療機器メーカー2社も「メトランと同じ課題を抱えている」と話している。

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