トルコ小売市場の成長が目覚ましい。過去5年間の平均成長率は約9%。この高成長を支えているのが、人口約7500万人の半分が29歳以下という、若い力だ。一人当たりの所得も2006年の7000米ドルから5年間で1万1000米ドルに増加。国内消費も力強く伸びている。こうした中で海外企業は今、投資先としてトルコに注目している。日本企業に参入の余地はあるのか。トルコ小売業協会会長のメフメット・ナネ氏に聞いた。
取材協力=日本小売業協会 聞き手=下田健司(チェーンストアエイジ) 翻訳・構成=中村麻里
近代化された小売業のシェアは、まだ半分
──まず、トルコの小売市場におけるトルコ小売業協会の役割を教えてください。
メフメット・ナネ(Mehmet T.Nane)
ナネ 当協会はトルコ国内の小売企業のまとめ役です。主には小売業界内の協業を促しています。
トルコの小売業界は主にショッピングモールと、その中に出店する小売企業の2つの業態から成ります。それぞれが消費者にサービスを提供しており、両者が協調するかたちでひとつの“生態系(エコシステム)”を形成しているのです。
通常、ショッピングモールと小売企業とは、たとえば賃料の問題等で利害が相反することが多くあります。ですから、当協会は設立当初の1996年から、両者の対立が破綻ではなく、建設的な方向に向かっていくよう仲裁しています。
われわれがめざしているのは、米国のNRF(全米小売業協会)のような組織です。ただし、NRFの構成員は小売企業が多くを占めますが、当協会の構成員は、ショッピングモールと小売企業で半々くらいです。
──これまでのトルコの経済成長をとくに支えている分野は何ですか?
ナネ 主に3つあると思います。1つは輸出の伸びです。02年の輸出総額は約300億米ドルでしたが、現在は1400億米ドルに拡大しています。2つめは国内市場が力強く成長していることです。トルコのGDP(国内総生産)の約70%は、国内消費が占めていますから、国内市場の拡大は大きな成長要因です。3つめは観光業の好調です。12年の観光客数は2600万人で、総収入は約130億米ドルに上ると予測されています。
──トルコの小売市場は今、どのような状況でしょうか?
ナネ トルコの小売市場規模は、約1900億米ドル。そのうち約800億米ドルが近代化された小売企業の売上で、残りの約1100億米ドルは伝統的な個人商店の売上です。トルコ国内の近代化された小売店は、12年9月現在でショッピングモールが332カ所、小売店が5万店舗あり、そこで働く従業員数は67万人を数えます。
近代化された小売業としては、海外勢ではカルフール(フランス)、メトロ(ドイツ)、テスコ(イギリス)などが進出しています。トルコ全土に展開しているチェーンストアではビム(BIM)が最大手で年商は45億米ドル。そのほかにもミグロス(Migros)、キラ(Kiler)、エスオーケー(Sok)、マクロ(Makro)、A-101といった企業があります。
こうした大手チェーンのほかに、ローカルの個人商店がたくさんあるのです。
小売市場の成長率は9% 若年層が高成長をけん引
──トルコ国内の小売市場はどのように推移していますか?
ナネ 過去5年間の平均成長率は約9%です。年度別で見ると07年は10%、08年は8%、09年は8%、10年は4%、11年は9%の伸びを記録しました。小売業の総売場面積も拡大しており、06年に1200万平方メートルだったものが、11年末には2600万平方メートルと2倍以上になっています。
──トルコの小売市場の高成長は、何がけん引しているのでしょうか?
ナネ トルコの人口は約7500万人ですが、人口の約50%が29歳以下です。つまり、経済に活力があります。それに加えて一人当たりの所得が増加傾向にあるのも市場の成長を支えています。たとえば、一人当たりの所得は06年には7000米ドルでしたが、11年末には1万1000米ドルに増えました。トルコの11年のGDP成長率は8.5%と高く、中国に次ぐ世界第2位となっています。
もうひとつの成長要因として、トルコ国内が政治的にも経済的にも非常に安定していることが挙げられるでしょう。過去10年間、政府は一党政治で、首相も変わっていませんので、政権運営が安定しています。それが安定した経済成長につながっています。
──国内市場が順調に成長していますが、その中で小売業の動向はいかがでしょうか。トルコ市場にはどのような業態がありますか。
ナネ グロサリーではハイパーマーケット(HM)、スーパーマーケット(SM)、ミニマーケット(MM)があります。そのほかにアパレル、家電などあらゆる業態があります。小売市場の売上の半分はグロサリーが占めており、そのうち40%が近代化された小売業の売上です。この40%という数字をEU平均の85%と比較すると、2倍以上に拡大できる余地があることがわかります。トルコでは今後、近代化された小売店が伸びる可能性が大いにあるということです。
市場参入は「大歓迎」
──トルコの国内経済が成長するのに伴い、外資企業の参入も増えていると思います。外資小売業が進出する際に、条件はありますか?
ナネ トルコは対外直接投資(FDI)の受け入れに関しては開かれていて、その開放度の高さは世界でも上位にランキングされています。10年には23位でしたが、11年は13位に大躍進しました。1年で10カ国も抜いたかたちです。実際、2000年には17億米ドルだった海外からの投資額も、11年には157億米ドル、つまり9倍に拡大しました。
先週フィッチ・レーティングス(Fitch Ratings Ltd.)がトルコの格付けを「投資適格級」に引き上げました。ムーディーズや他の格付け会社も同様の評価をすると思われますので、今後はトルコへの投資が増えると予想されています。
──小売業についても、外国からの投資が増えていますか?
ナネ トルコは食品小売業で見ると、ヨーロッパの大手企業──たとえばカルフール、メトロ、テスコなどが進出しています。家電分野では、メトログループのメディアマート(Media Markt)、ダルティ(Darty)、エレクトロワールド(Electro World)が、DIY分野ではバウハウス(Bauhaus)、バウマックス(bauMax)、キングフィッシャー(Kingfisher)が店舗展開しています。アパレルではプラダ、ルイヴィトン、エルメス、ディオール、シャネル、ミウミウなどの高級ブランドを含む大手各社が出店しています。
来年はアジア太平洋小売業者大会(APRCE)をトルコで開催しますが、それ以降、日本を含むアジア各国の企業がますますトルコに進出すると期待されています。なぜならばトルコはアジアの国にとっては“最も近い西洋の国”で、西洋の国にとっては“最も近いアジアの国”だからです。
──日本の小売業の中に、トルコに進出している企業はありますか?
ナネ 良品計画(東京都/金井政明社長)など数社がすでに進出していますが、超大手小売業はまだ来ていません。しかし、日系の大手製造業──ブリヂストン(東京都/津谷正明社長)、日産(神奈川県/カルロス・ゴーン社長)、シャープ(大阪府/奥田〓司(おくだ・たかし)社長)、パナソニック(大阪府/津賀一宏社長)、ソニー(東京都/平井一夫社長)などはすでにトルコ市場に参入しており、トヨタとブリヂストンは現地生産もしています。そのほかにも三菱商事(東京都/小林健社長)、三井物産(東京都/飯島彰己社長)、住友商事(東京都/中村邦晴社長)などの大手商社も現地事務所を持っています。
──今後、日本の小売業がトルコの市場に参入する可能性もあります。外資系小売業がトルコ市場に参入する場合、規制はありますか?
ナネ トルコの市場はとても開かれており、海外からの直接投資を誘致するための政府機関もあります。1対1で投資の相談を受け、さらなるインセンティブを与えられるよう首相と直接相談して海外投資を受け入れています。
──一方で、海外企業が増えると競争も激しくなります。
ナネ そうですね。ただ、そうした競争がトルコの市場に勢いをもたらすのです。
日本企業はトルコに進出すれば、大きな市場にアクセスできるようになります。トルコは周辺地域にとって重要なハブとなっており、トルコを中心に、飛行機で2~3時間圏内に30カ国、約5億人が住んでいます。トルコを拠点にすれば北アフリカ、東欧、バルカン諸国、中近東などへの足がかりが築けます。オスマン帝国が600年以上ここを支配していたのは、このような地理的に重要な場所にあるからです。
そして、そうした国々の中で、トルコはもっと近代的で、かつ唯一の民主主義国なのです。
──トルコの小売市場が現在、抱えている課題とは何ですか? また、世界的にインターネットショッピングの動向が注目されていますが、トルコではいかがでしょうか。
ナネ 近隣諸国をはじめ海外市場への進出が目標です。実際に海外進出を成し遂げたトルコのブランドはたくさんあります。とくにアパレルとテキスタイルの企業で、欧米を中心に海外進出しているブランドは多数あります。サナー(Sanar)、コリンズ(Colin’s)、マヴィ(Mavi)などは米国にも進出しています。
また、今後はインターネットショッピングの分野が伸びるでしょう。インターネット販売が国内取引に占める割合はまだ1.8%程度ですが、トルコにはインターネットを使い慣れた若い世代の人口が多いですから、今後大きく伸びる可能性があります。