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KKRパートナー/プライベート・エクイティ・グループ マイケル・カルバート
ダラーゼネラル再生の立役者に聞く!“障壁”を取り除けば、ヒトは前進できる

カナダの大手ドラッグストア(DgS)チェーンのショッパーズ・ドラッグ・マート、米バラエティ・ストアチェーンのダラーゼネラル、玩具大手のトイザらス……足踏みしていたかに見えた企業が再び前進を始めた。その事業再生の立役者が、米投資ファンド大手KKRパートナー、マイケル・カルバート氏だ。再生企業は、いかにして息を吹き返したのか──。

聞き手/千田直哉(チェーンストアエイジ)


伝統的な小売業からの脱却

KKRパートナー/プライベート・エクイティ・グループ マイケル・カルバート マイケル・カルバート アンダーセン・コンサルティング(現・アクセンチュア)、米食品スーパーのランドル・フード・マーケットの最高財務責任者(CFO)を経て、 2000年KKR入社。カナダのドラッグストア大手ショッパーズ・ドラッグ・マート、アメリカのトイザらス、ダラーゼネラル、USフードサービスなど多くの小売業の再生案件を手掛けた。現在は、プライベート・エクイティ・グループの小売チームの統括責任者。

──アンダーセン・コンサルティング(現・アクセンチュア)で小売業の事業再生に取り組み、小売企業で最高財務責任者(CFO)として実務を経験した後、2000年にKKRに入社されました。いちばん最初に取り組んだのは、ショッパーズ・ドラッグ・マート(カナダ)の事業再生ですね。

 

マイケル・カルバート(以下、カルバート) KKRは2000年にショッパーズ・ドラッグ・マート社を買収しました。カナダに本社のある非常に大きなコングロマリッドのDgS部門です。これを独立した事業として本体から切り離し、経営を健全化するために、KKRとショッパーズ・ドラッグ・マート社の経営チームが協力しながら事業再生に取り組みました。

 

 私たちはまず、事業再生後のポジショニングを検討しました。旧来型の調剤を中心とする「ファーマシー」ではなくて、現代的なDgSにしたいと考えた。つまり、化粧品やヘルス&ビューティ商品、オーガニック商品などを取り揃えた広い意味でのDgSをめざしました。

 

──「伝統的な小売業」を近代的なフォーマットに変えるのは至難の業ですね。成功のポイントは何ですか?

 

カルバート まず、消費者が現状どこにいて、これからどこに行こうとしているのかを理解することがいちばん最初の作業です。すなわち、「消費者のニーズを予測する」ということです。

 

──その先は、社内の改革が必要になると思います。ただ、「伝統的な小売業」の場合は内部に問題を抱えていて、旧来のかたちから脱却できないケースも多いのではないでしょうか。

 

カルバート 企業内部において、再生のために重要な要素は、企業風土や企業文化です。消費者に目を向け、革新性を持って自ら変化を遂げていくような企業風土が必要です。

 

 ショッパーズ・ドラッグ・マート社は当初、非常に大きなコングロマリッドの一部だったため、従業員のクリエイティビティ(創造性)が“窒息”状態になっていました。だからこそ、巨大な親会社から切り離して独立させて初めて、社内にあったクリエイティビティが息を吹き返したのです。

 

──日本の企業の同様のケースを考えると、企業風土の改革というのは非常に難しい課題のように思えます。

 

カルバート もちろん易しいことではありません。企業風土を改革するためには、何よりリーダーシップがものを言います。ビジョンを持ったリーダーが先頭に立ち、正しい方向性を打ち出す。これが大事ですね。ショッパーズ・ドラッグ・マート社の結果には、非常に満足しています。

 

──リーダーシップのある人材を、KKR側が用意するということですか?

 

カルバート 場合によっては、外部から追加的な人材を募ることもありますが、多くの場合、リーダーシップを持った人材は、既存の組織の中にいます。ただ、改革を始める前までは、“手を縛られて”いた。まずは彼らに「自由」を与えることが大切です。

 

 人間というのは目的を持って働くことに喜びを感じます。プライベート・エクイティ・ファンドの仕事のひとつは、従業員に「自由」を提供することによって、その企業の目的を達成できるように支援することです。KKRの仕事は企業を経営することではありません。あくまでも経営チームをサポートするという立場です。

 

──企業の進むべきビジョンが決まり、経営者も決まりました。事業再生の次のステップとして、従業員のモチベーションを高めるために、どのような方法が考えられますか?

 

カルバート 確かに、従業員のモチベーションを高めるためには、金銭的なインセンティブも有効ではあります。ストックオプションのような金銭的なインセンティブもあるでしょう。

 

 しかし、それだけではなくて、人を鼓舞する心理的なインセンティブも大事にしています。「新しいものをつくり上げていくんだ」という興奮や意欲、熱意を高めることが、事業再生には不可欠です。

 

 

 当社が投資を開始する前には、経営チームと膝を交えて話し合い、再建計画に合意します。その計画は、財務的な計画だけではなくて、将来像も重要な要素なのです。その将来像の実現に向かって、どのような工程表をつくり、どのように戦略を進めるかについて合意するわけです。

 

──経営陣が変われば、従業員も変わるのでしょうか?

 

カルバート 人は「物事をよくしよう」と思って毎朝、職場に出勤するのだと、私は信じています。そうした従業員に対して、われわれがオーナー側としてできることは、なるべく障害を取り除き、仕事をしやすい環境を整えることだと思います。障害物さえ取り除けば、人間は変化をし、進化していこうというモチベーションが出てくるものです。

 

──最終的にショッパーズ・ドラッグ・マート社の場合、再建して株式を売却するまでにどの程度の期間を要しましたか?

 

カルバート 投資期間は6~7年です。ただ、投資を決める最初の時点で、具体的な投資回収の計画が固まっているわけではありません。

 

 株式を売却するのに適した時期が来たら売却するということです。平均的な投資期間は7~8年ですが、KKRの34年間の歴史を振り返れば18年にわたって投資し続けた例もありますし、1~2年で回収したケースもあります。それはケースバイケースですね。

ダラーゼネラルの企業風土と
小型店の市場性に注目した

──バラエティ・ストアのダラーゼネラル再建の立役者でもあります。ダラーゼネラルの再生は難しいのではないかと思っていましたから、驚きました。

 

カルバート ほとんどの人は、そう思っていたと思います。しかし、われわれは違った見方をしていました。

 

KKRは2004年からダラーゼネラルの再建に着手し、再生に成功した

──着眼点の違いは、どこにあったのでしょうか?

 

カルバート KKRは、2004年からダラーゼネラルの再生に着手しました。私は当時、アメリカ小売業における大型店フォーマットは飽和状態になっているのに対し、小型店のような利便性を提供するフォーマットは未発達で市場性があると思いました。

 

 また、経営は悪化していましたが、ダラーゼネラルの中には生きていたものがありました。それは、「お客さまの生活の質を向上させる」ことへの強い信念と、強力な企業風土です。これは、企業を再生するに当たって、頼もしい資産だと思いました。

 

 

 小型店フォーマットの将来性と、ダラーゼネラルが本来持っている企業風土があれば、再建は可能なはず。われわれと経営チームが協力すれば、お客さまの買物体験を劇的に改善できる。そうなれば、ダラーゼネラルは市場の中で存在感を発揮できると見ていました。

 

──投資を決めるまでに、どのくらいの期間をかけて検討していますか?

 

カルバート 当社が投資をする場合、まず対象企業の状況整理から始めます。投資先の経営チームとの対話に数年をかけることもあります。実際、ダラーゼネラルの場合は2年ほどかかりました。投資チャンスがあると踏んだら、約6カ月をかけて顧客インタビュー、従業員インタビュー、財務のデューデリジェンス(資産査定)を実施します。KKRには経営コンサルティング部門のKKRキャップストーンという組織がありますので、コンサルタントと一緒に事業再生のための短期的なアクションと長期的な戦略に関する計画をつくりました。

 

──経営の中のどの分野について計画をつくったのですか?

 

カルバート ビジネスを改善するために優先順位の高い、主要な部分に集中します。ダラーゼネラルのケースは、マーチャンダイジング(MD:商品政策)と店舗オペレーション、不動産の条件改善といったところです。

 

──MDについては、どのように改善したのでしょうか?

 

カルバート まず、お客さまに従来のダラーゼネラルよりもいいモノを提供したいと考えました。そこで、より高品質な商品や、ナショナルブランド(NB)のトップブランド商品を品揃えに加えました。さらに、お客さまの要望を聞きながら、商品の品揃えを絞り込んでいきました。また、品質やパッケージデザイン、価格政策も見直しました。

 

 一方、売場づくりについては、従来の混沌とした売場を整理し、お客さまが買いたい商品を見つけやすくしました。

 

──大変な作業ですね。最も苦労したのはどのような点でしたか?

 

カルバート まず、ダラーゼネラルの経営を支援し始めた当時、すでに店舗数が8000を超えていました。つまり、何を変えるにしても、8000店舗すべてに展開しなくてはいけない。この点は、かなりのチャレンジでした。8000店舗の店長にわれわれの方針に従って改革に取り組んでもらい、全店舗にムラなく浸透させるまでには時間がかかりました。

 

 ただ、現場のマネジャーたちが、お客さまから「買物体験がよくなった」「店がとても変わった」と声をかけられるようになるにつれて、変化の速度はアップしました。

 

 ダラーゼネラルにしても、ショッパーズ・ドラッグ・マート社にしても、われわれ以外の多くの人の努力によって再生したということを忘れてはいけません。実際に現場で改革に取り組んだ経営チームの実績だと思っています。

 

小売業の課題は世界共通

──さて、日本の小売市場をどのように見ていますか?

 

カルバート 小売業への投資家として、世界各国の市場において、何がうまく行っていて、何がうまくいっていないのか、ということを学ぶ機会は多くあります。今は世界で同じような問題に直面して苦しんでいる状況ではないでしょうか。つまり、要求レベルが高く、支出に対して慎重な態度をとる消費者と向き合わなければいけないということです。それに加えて、どの企業も成長の機会をねらっており、競争環境が厳しくなっている状況です。

 

 私の結論としては、小売業は以前にも増して多くの価値を、それも革新的なかたちでお客に提供しなければいけない。そうしなければ、需要を創造していくことはできないからです。

 

 ほんのひと握りの例外を除いて、小売業は同じような状況に置かれているのではないでしょうか。

 

──日本の小売業への投資も検討していますか?

 

カルバート 投資は、長い時間をかけてじっくりするものだと考えています。今すぐ投資に結びつかなくても、時間をかけて経営者の方々とコミュニケーションを図り、チャンスが巡ってきたら実際に投資をするということです。

 

 私は小売業の投資家としてアメリカ市場の情報を持っている一方、日本の商慣行で興味深いものもあります。日本の小売市場で起きていることについて、お互いに学び合うことはできると思います。

 

──今後、激しい競争の中で勝ち残る企業の条件とは何でしょうか?

 

カルバート 将来的に勝ち残る企業というのは、革新的な企業だと思います。では革新はどこから生まれるかというと、それは企業文化です。企業文化とは、もとを辿れば結局はヒトに行きつくことになります。

 

 消費者の要求レベルが高くなる中で、小売業はより多く、よりよいものを提供していかなければいけません。繰り返しになりますがそうした状況に太刀打ちできる企業になるためには、ヒトがいちばん大事だと思っています。