コラム:危うい日本株上昇、中国減速を過小評価=熊野英生氏

2019/02/28 15:00
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2月27日、 第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、米経済が底堅いという見方には同意するが、それを過大評価して、逆に中国経済からの打撃を過小評価すべきでないと指摘。写真は証券会社に設置された株価ボード。2018年12月、東京で撮影(2019年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

 

熊野英生 第一生命経済研究所 首席エコノミスト

 

[東京 27日] – 3月1日を期限としていた米中通商協議の延長が決まった。最終的には両国で合意が交わされ、関税率引き上げが停止されるのではないかとの期待が日米株価の上昇を支えている。

 

その一方で、米中の貿易取引は減速し、いよいよ悪化の度合いを強めている。日本など、第3国からの対中輸出に影響が波及する動きもある。これは2018年7月から3度にわたる米中双方による報復関税の応酬が、ボディーブローのように効いてきたせいである。いったん弾みがついた貿易取引の悪化はすぐには止まらない。

 

つまり通商協議が首尾よくまとまったとしても、米中の貿易減少が企業収益の下押し圧力として表れる動きは続くことになる。今の株価上昇には、期待が過剰に織り込まれているように思える。

 

足元の株価上昇と景気悪化懸念は、どちらが正しいのだろうか。株価は将来を先読みするから、貿易減速を乗り越えて、景気はいずれ好転する方向へと切り返していくのであろうか。

 

<FRB方針転換のインパクト>

 

米国株の回復には目を見張るものがある。2018年10月初めから始まったダウ工業株30種平均の下落は12月末に大底を迎え、最近は下落開始前の株価水準に接近しつつある。日経平均は出遅れたが、12月の下落幅の半値まで戻している。

 

こうしたマーケットの反転傾向は、中国株、欧州株、原油価格にも共通する変化である。トレンドとしてマネーが縮小から拡大方向へ転換したというのが素直な読み方である。

 

多大な影響を及ぼしているのは、米連邦準備理事会(FRB)の方針変更だ。2019年内の利上げを様子見し、バランスシート縮小も早期に終了する見通しだ。次の一手は緩和になるだろうとみる人は少なくない。

 

米国の実体経済はまだ体温が高めのため、2019年に2回程度としていた利上げを見直しただけで、実質金利低下の予想を強めている。実際、米長期金利はそうした変化を受けて低下している。新興国などのドル調達コスト上昇にも歯止めがかかり、流動性不安は一服する。それが原油など商品市況にも反転の流れを作る。

 

<貿易減速と米経済>

 

米経済は貿易面の悪化とは無関係なのだろうか。FRBの緩和が及ぼす好影響を重視する見方に対しては、実体面の悪化を重視する人たちから反論が出てきそうだ。

 

経済協力開発機構(OECD)に加盟する36カ国の中で、米国は名目国内総生産(GDP)に対する輸出額のウエイトが12.1%(2018年)と最も低い。日本は17.1%と米国に次ぐ低さだ。一方、ドイツ、中国、韓国の輸出比率は高く、世界的な貿易縮小のダメージをより受けやすい。各国の株価は、そうしたインパクトの差を反映した面もありそうだ。

 

また、EU(欧州連合)離脱を見越して日本の自動車メーカーが生産体制の見直しを進める英国と違い、米国が関税率を引き上げても日本企業が現地生産をやめることはないだろう。なにしろ米国の自動車市場は大きい。

 

一方、日欧経済連携協定(EPA)によって将来の関税率がゼロになると、英国の現地工場から自動車を欧州へ輸出するよりも、日本から直接EUに輸出する方が有利になる。日本からみれば、企業が英国の現地生産を見直すのは、同国自体の自動車市場が小さいからだ。

 

米国だけを考えると、貿易が経済に及ぼす影響は限定的であり、金融緩和が株価上昇を促すと、個人消費が刺激される。つまり、貿易面の悪化を金融緩和の好影響が飲み込むのである。

 

<日本株上昇はダウの影響>

 

では、日本を米国と同列に扱ってよいのだろうか。2008年のリーマン・ショック時に見たように、日本はGDPに占める輸出の比率が低くても、けん引力は相当大きい。日本は内需が弱い分、外需が内需に及ぼす好影響への依存度が高いのだ。

 

中国向け輸出が減少した分を、米国向けで穴埋め可能とする向きがあるかもしれないが、筆者には少し甘い見通しに思える。

 

今の日本株の上昇は、ダウ平均が好転した影響を多大に受けている。貿易面のインパクトを受けにくい米国だから株価が好転するのであって、日本の株価上昇は、中国減速の悪影響を過小評価していると筆者はみている。

 

セクター別では、電気機械と一般機械が中国経済の影響をより受けやすい。繊維、素材もダメージは小さくない。また、時間が経過すると中国の減速が東南アジア諸国連合(ASEAN)や豪州などにも色濃くなり、より広範な業種がじわじわ業績を悪化させていくだろう。日米の株価には、そうした差が表われてくると予想する。

 

<日米より深い日中経済>

 

日本には、米国との貿易交渉「日米物品貿易協定(TAG)」という課題もある。当初1月だった協議の開始予定は、4月ごろまでずれ込みそうである。米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表が、日本に輸出数量の規制を要求してくるとの見方は根強い。

 

また、米国は中国との交渉で人民元安を取り上げており、日米間でも為替がテーマに浮上する可能性がある。日銀が追加緩和を検討するにしても、その実施は一段と難しくなりそうだ。黒田東彦総裁の下で実施した2013年の大規模緩和は、暗に円安効果を期待したものだったが、その再現はできそうにない。

 

外交では日米の連携強化が強くアピールされるが、それと同じ感覚で経済の連携が強まると考えるのは間違いだろう。経済面は、日中のほうがより深く結びついている。

 

米経済が底堅いという見方には同意するが、それを過大評価して、逆に中国経済からの打撃を過小評価すべきでないと筆者は考える。2019年前半は、そのダメージが予想以上に強く表われるだろう。順調に反転してきた日本株にも、実体面の悪影響が早晩表われると予想する。

 

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

 

(編集:久保信博)

 

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