コラム:増税目前、不正統計が専門家に問う景気分析力=嶋津洋樹氏

2019/01/31 18:00
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1月31日、MCPチーフストラテジストの嶋津洋樹氏は、日本政府による統計の不正処理問題に絡み、データを利用して情報発信する機会の多い専門家も、数字を適切に分析しているかどうか振り返る必要があると指摘。写真は2916年2月、東京で撮影(2019年 ロイター/Yuya Shino )

 

嶋津洋樹 MCPチーフストラテジスト

[東京 31日] – 厚生労働省の毎月勤労統計など、政府の基幹統計で不適切な処理が相次いで発覚し、波紋を広げている。経済統計は自動車や飛行機で言えば速度や高度、燃料の残量などを示すメーターであり、政府が適切な経済運営をする際の前提となる資料である。

 

 そこに誤りがあるとすれば、ただでさえ困難な景気動向の正確な把握に支障を来し、適切な経済運営など望むべくもない。

 

 まして日本は現在、デフレ脱却に向けた取り組みの真っ最中であり、今年10月には消費増税も控えている。正しい統計に基づいて経済を運営することは喫緊の課題と言える。同時に、統計を利用して情報発信する機会の多いエコノミストを始めとした専門家も、これまでデータを丁寧に分析し、経済の実態を正確に伝えてきたかのかを振り返る必要がある。

景気回復「戦後最長」の実感

例えば、政府が1月の月例経済報告で、足元の景気回復は「戦後最長となった可能性がある」との認識を示すと、メディアの多くは専門家のコメントとともに、「実感がない」と反射的に報じた。確かに景気回復を実感できない人はいるだろう。しかし、それは感覚の問題である上、いつの時点の何と比較したのかもあいまいだ。単なる個人の感想ならともかく、足元の景気や今後の経済政策を議論する時に、「実感がない」という印象だけでは建設的な議論はできない。

 

 それどころか、「実感がない」と発信することが誤った印象を与える可能性もある。日銀の「生活意識に関するアンケート調査」を見ると、今回の景気回復が始まった2012年12月調査で、景気水準について「良い」、「どちらかと言えば、良い」と回答したのは、それぞれ0.1%と1.4%に過ぎなかった。それが直近2018年12月の調査では、0.9%と14.5%に大きく増加。同年9月の調査では、「どちらかと言えば、良い」との回答が、統計を開始した2006年12月以来最高の15.9%に達した。

 

 「実感がない」という表現とは相容れない結果である。確かに、2018年12月調査の「悪い」と「どちらかと言えば、悪い」はそれぞれ6.3%と33.3%で、いずれも「良い」と「どちらかと言えば、良い」を上回っており、そこだけに着目すれば「実感がない」と言ってもあながち間違いではないだろう。しかし、少なくとも筆者はこうした裏付けを伴った記事や解説を見つけることはできていない。

 

 不思議なのは、「実感がない」との解説が相次ぐ一方で、今年10月の消費増税に対しては慎重な意見が限られていることだ。景気に自信を示す政府や日銀が消費増税に前向きなのは当然だろう。しかし、「実感がない」ことを解説する報道や、そこにコメントが引用されている専門家は、別の場所で予定通り消費税を引き上げる必要性を説いていたりする。「実感がない」ことを強調するのであれば、消費増税は延期または取り止めるべきと主張するのが正論ではないだろうか。

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