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連載 伴大二郎のリテールイノベーション最前線 第1回 急進するD2Cブランドに共通する“パーパスドリブン”な経営戦略とは?

「よい立地に店舗を構えても売上が振るわない」「安値をつけても商品が売れない」――。こうした不振の要因を「ECとの競争激化」や「テクノロジー活用の遅れ」といったことに求めがちですが、実はその本質は消費者の価値観の多様化にあると見てよいでしょう。これから5回にわたり、そうした社会環境や消費者の変化に応えるべく日々イノベーションを繰り返している最先端のリテールブランドの戦略について解説していきます。第1回となる今回取り上げたいのは、デジタルチャネルを使って消費者と直接結びつく、D2C(Direct to Consumer)ブランドと呼ばれる存在です。既存のリテーラーに対するD2Cの強さとは何なのか、ひも解いていきましょう。

価格重視からパーパス重視商品の選択基準が変わりはじめている

 消費者が商品を選ぶ基準が変わりつつあります。IBMが2019年に行ったグローバル調査によると、商品を「パーパス」で選ぶ人と「価値(=価格)」で選ぶ人の割合は、ほぼ同じであることがわかっています。ここで言うパーパスとは、日本語で「意図」や「決意」といった意味合いのもの。つまり、そのブランドの目的や理念を理解したうえで、商品を買いたいと考える人が増えてきているのです。

 このパーパスを武器に消費者から支持を集めているのが、顧客に直接情報を届けるD2Cブランドです。「有名人が持っている」「おしゃれに見える」といった理由でブランドを選ぶのではなく、商品のサステナビリティ(持続可能性)、情報の透明性、創業者の想いなど、ブランドが提唱する社会的課題の解決策やその価値、世界観に共感し消費者はその商品を選んでいます。ブランド側もまた、正しい情報を伝えることで共感してくれる人が増えることを理解しています。消費者一人ひとりが多くの情報を取捨選択できる時代、その情報の捉え方に個人差が生まれていることもD2Cが盛り上がってきた理由の1つと言えるでしょう。

 この傾向は海外で顕著ですが、ゆくゆくは日本でも「価格」や「ネームバリュー」ではなく、「パーパス」へと消費者の意識が向いていくと予想されます。そうなったとき、ブランドはどういう方向に進むべきなのでしょうか? 今回は米国発のアパレルブランドを例に、それぞれの特徴と強みをつかみながら、その答えを一緒に考えてみましょう。


ブランドが愛される理由は”ストーリー”にある!

元プロサッカー選手のティム・ブラウン氏が立ち上げたフットウエアブランド「allbirds」

 16年創業の「オールバーズ(allbirds)」は、元プロサッカー選手のティム・ブラウン氏が立ち上げたフットウエアブランドです。ブランドロゴを前面に出したプラスチック製の商品ばかりが世の中にあふれていることに選手時代から疑問を抱いていたブラウン氏は、自然由来の素材を使い、ロゴは必要最小限のサイズに抑えた、手入れのしやすいシューズを開発。今では「世界一履き心地のよいスニーカー」と評価されるまでになりました。

 ネームバリューを重視する消費者なら、既存の有名スポーツブランドの商品を手に取るでしょうし、価格を重視するなら手頃な値段のスニーカーを選ぶことだってできるはずです。それにも関わらず一定数の消費者がオールバーズを選ぶのは、ブラウン氏の語る“ストーリー”に共感を寄せるからにほかなりません。オールバーズは、D2Cブランドの好例といってよいでしょう。

 続いて紹介したいのが「エバーレーン(EVERLANE)」と「リフォーメーション(Reformation)」という2ブランド。双方に共通するのは、徹底的な情報開示によってブランドパーパスを築いている点です。

「原価の透明性」を打ち出したエバーレーン

 たとえばエバーレーンは、「原価の透明性」を掲げ、商品ごとに材料費や人件費、関税、そして送料までの一切合切をウェブサイトで公表しています。さらには各国にある縫製工場の労働環境や倫理基準も掲載し、どういう人たちがどういう環境で働いているのかも明らかにしています。これは、ファストブランドが発展途上国の人に劣悪な環境と安い賃金で労働を強いた結果、死亡者の出る事故を起こしたことへの反発も含まれています。

 一方、リフォーメーションは、商品の製造工程で排出・消費した二酸化炭素や水の量、ゴミの排出量といった環境負荷に関する項目をウェブサイトで開示しています。これらの高い情報透明性がもたらすのは、消費者からの厚い信頼です。この姿勢を消費者は評価し、ブランドのファンになっていくわけです。

D2Cブランドがこぞってリアルに進出する理由

EVERLANEが出店したリアル店舗

 さて、冒頭でD2Cブランドを「デジタルによって消費者とダイレクトにつながっている」と紹介しましたが、現在、彼らはリアル店舗にも進出しはじめています。これは、自分たちの商品を実際に見て試してもらうことで消費者の興味を喚起し、新たなファンを創造することが目的です。端的に言うと、ECは「売上を立てるところ」、店舗は「ブランドへの入口」として使い分けている。“面”を獲得し体験してもらえるリアル店舗は、デジタルを補完しシナジー効果を生む。そう考えた彼らの次の一手と言えるでしょう。

 ここで特筆すべきは、電子レシートをCRM(顧客関係管理)のスタート地点として活用していることです。店舗で商品を購入した顧客に対して「電子レシートを発行するのでメールアドレスを登録してください」と促し、後日、メールを介して自社ブランドの取り組みを発信することでコミュニケーションを図るという仕組みです。顧客にとっては、「たまたま見つけた新しい店」くらいに思っていたブランドが、優れたパーパスを持っていることに共感し、リピーターへと変わる。この流れをつくることで、パーパス重視の考えを消費者に根付かせています。

 共感を呼ぶストーリーや徹底的な情報開示。これらへのこだわりがブランドや顧客に新たな価値を生み出しています。そのなかで「シグネチャー・ストーリー(心を動かされるストーリー)」とも言われる企業やプロダクトを表し伝承される真実のストーリーを共に作り伝えるかが重要となることに気づかされます。

 

●著者プロフィール

伴大二郎(ばん だいじろう)

株式会社オプト エグゼクティブ・スペシャリスト パートナー オムニチャネルイノベーションセンター センター長。小売業でデータマイニングやCRMを10年担当した後にオプトに入社、カスタマージャーニーやカスタマーエクスペリエンスなどユーザー視点を軸にマーケティング全般のコンサルティングに従事。