2020年に「ECエコシステム」構想を掲げ、伸びゆくEC市場に対応するヤマト運輸(東京都中央区)。同年6月から展開しているEC向け配送商品「EAZY」では、非対面の「置き配」ニーズにいち早く対応し、荷物の再配達や返品の減少にも寄与していることを前記事では紹介した。
拡大する置き配ニーズにさらに応えるため、同社が打ち出した次なる一手が、複数のデジタルキーを一括で管理できる「マルチデジタルキープラットフォーム」だ。仕様が異なるデジタルキーを配達ドライバーが解錠できるようになり、オートロック付きマンションへの置き配が可能となった。開発を主導したヤマト運輸 営業・オペレーション設計統括 営業開発部 マネージャーの直井人士氏に、開発の背景や今後の展開について聞いた。
置き配を阻む大きな「壁」・オートロック
このコロナ禍を機に一気に高まった、非対面での受け取りニーズ。ECで注文した商品を自宅玄関前などに配達する「置き配」は、もはや受け取り方法の一つとして市民権を得たと言っていいだろう。
しかし、置き配には大きな「壁」があった。オートロック付きマンションの存在だ。利用者が不在の場合、ドライバーはエントランスのオートロックを解錠してもらうことができない。このため、利用者宅の玄関前などへの置き配は不可能だった。
それでも近年、多くのマンションではエントランスに宅配ボックスを設置するのが当たり前になっている。が、「それでもお客様に一度で受け取ってもらうことは難しい」と直井氏は指摘する。
「例えば50世帯のマンションに対して、宅配ボックスは10個ほどしか設置されていないため、これだけECが普及すると宅配ボックスが埋まってしまうことも少なくない。その場合はドライバーが持ち帰らなければならず、お客さまに再配達の手続きなどの手間を取らせてしまっていた」
デジタルキー大手のライナフが2021年に行った調査※によると、「宅配ボックスが足りない」との不満の回答は62.2%。「宅配ボックスがあるのに再配達を経験した」との回答は実に82.3%に上った。
※置き配に関する入居者アンケート(ライナフ) URL:https://linough.com/press20210715/
複数のデジタルキーに対応! 「マルチデジタルキープラットフォーム」
オートロック付きマンションでは置き配ができない――宅配業界の各社でもこの問題を重く見て、デジタルキーを解錠する仕組みの検証を進めているところだ。ヤマト運輸ももちろんその一つだが「個々の会社単位の対応では、デジタルキーごとに複数のオペレーションが発生し、ドライバーの業務負荷につながってしまう」(直井氏)との懸念を抱いていた。
そこで、直井氏たちが考案したのが「複数あるデジタルキーの規格を、同一のオペレーションで管理できる仕組み」だ。それが、2022年3月28日にリリースした「マルチデジタルキープラットフォーム」(MDKP)だ。
MDKPの仕組みはシンプルで、複数の企業の異なるデジタルキーシステムとMDKPをAPI連携するだけで導入が可能になる。導入後は、管理ダッシュボードを通じてどのマンションが解錠されたかが全て可視化される仕組みだ。
実際にオートロックが解錠されるフローは次のとおりだ。
①利用者は、荷物の「お届け予定通知」をEメールなどで受け取った後、通知内に記載されているリンクから受け取り日時・場所が変更できるページにアクセスし、「置き配」をする場所を選択し、オートロックの解錠に同意する。
②ドライバーが荷物のバーコードをオートロック解錠専用のアプリでスキャンすると、MDKP上でデバイスの設置情報と、利用者が注文時に登録した配達先の住所情報をマッチングする。照合が確認されると、対象のデジタルキー会社にエントランスのオートロック解錠申請が行われる。
③その解錠申請を受け、オートロック解錠に必要なワンタイムパスワードが発行され、アプリ内のオートロック解錠ボタンが有効化される。解錠ボタンを押下し、エントランスのオートロックを解錠する。
④ドライバーが入館し、利用者が指定した場所に置き配、撮像する。
「開発に当たってのいちばんの課題は、セキュリティの確保だった。ワンタイムパスワードを活用し、配達業務中のみ一度だけドライバーがオートロックを解錠することができるオペレーションにすることによって、高いセキュリティを実現することができた」(直井氏)
1年後には1万棟の導入をめざす
ヤマト運輸では、このMDKPによる置き配サービスを、2022年3月28日から東京都内の14棟のマンション(デジタルキー提供企業:ライナフ)で運用開始した。その後は、ビットキー、PacPortといった各デジタルキー提供企業とも連携し、順次サービスを展開していく。
また、デジタルキー提供企業だけでなく、両社で9割以上のシェアを占めるというパナソニック、アイホンのインターフォン提供企業との連携も推進していくことで、導入マンションを一気に拡大していく方針だ。「2022年3月中に、1万棟の導入を目指している」(直井氏)
「置き配」潜在ニーズ掘り起こしが普及のカギ?
「あくまで感覚値だが、置き配にはまだ潜在的なニーズがあるように思う」
直井氏はそう語る。確かに、置き配が浸透しているのは都市部や、あるいは一定の年齢層に限られている可能性もある。その潜在ニーズをさらに掘り起こすことで、MDKPの普及は加速度を増していくだろう。
その追い風の一つとして、国土交通省も、サプライチェーンの強靱化と配送システム効率化の観点から、非接触・非対面型の配送を推奨するスタンスを示している。国交省は2022年4月、「非接触・非対面型輸配送モデル創出に係る調査・実証事業」の結果を公表し、非接触・非対面型の消費者向け配送のガイドラインを示した。
「当社としては、利用者の利便性の向上や不満の解消に主眼を置いているが、このような国の政策ともベクトルを合わせていきたいと考えている」(直井氏)
競合他社もオートロック付きマンションへの対策を検討する中で、MDKPを打ち出し一歩リードしたヤマト運輸。業界リーディングカンパニーの今後の展開に注目したい。