頭を下げてばかりだ

 つい数年前まで、教えを乞うといえば、たいていの場合、年輪を重ねた経営者からだった。決断の機微や従業員の意欲喚起、細かな財務上のテクニックなどなど・・・彼ら以上の叡智を教授してくれる人たちはいなかったからだ。
 高度経済成長前夜から、事業案をあたため、タネ銭を集め、起業し、艱難辛苦を乗り越え、家業を成長させ、事業として離陸させ、軌道に乗せ、今の地歩を築いた。
 想定できるような経験は、おおよそしてきた。
 
だから、分からないことがあったときに、「教えてください」と頭を下げていけば、いつも期待以上の話を伺うことができた。

 ところが時代は一変。いまや、多くのビジネスはAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を含むIT(情報テクノロジー)抜きでは語ることができなくなっている。
 生まれた頃から、こういう技術に囲まれた“ITネイティブ”たちは、10代の頃から私のような者があずかり知らぬところで、どんどん起業し、これまでになかったような事業を生み出している。

 経営や事業の本質については、老若両者ともに共通しているので、どちらからもうかがうことはできる。しかし、過去に経験をしたことがない新しいビジネスの骨格の決め方やテクノロジーについて老雄が語ることは難しい。

 そこで、いまでは若い起業家の方々にも頭を下げて教えを乞うことが多くなっている。

 アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏やアリババ創業者のジャック・マー氏が54歳であることを考えると、我々の世代が取り立てて不作・不毛というわけではあるまい。

けれども、アナログとデジタルの狭間で何の不自由もなく育ちのんびりと過ごし、教えを乞うてばかりの残念な世代(=人間)になっているような気もして、少し寂しい気にもなる。